【新連載】真夜中の森を歩く 4-1

高校へは案外簡単に入ることができた。ミツロウが入れるような高校を中学の教師が選んでくれたこともあるが、前田さんの熱心な指導がミツロウの心を刺激した。

隣町にある公立高校は決して頭のよい学校ではなかったが就職率が良いことで人気があった。地域との関わりが深く、教師も熱心に就職先を見つけてくれる、大学への進学率は悪かったがその分はやく社会人なりたい学生と大学へ進学させる金のない親には魅力的な学校だった。

受け入れる地域の側でもどこのだれだかわからない流れ者や外国人労働者を雇うよりは顔のわかる地元の人間に働いてもらう方が安心だった。

長年地域に多くの学生を輩出してるその高校は、年々学生の質が落ちてきているとの苦情もあるが、地域の人々に信頼されていた。学生が地域に溶け込み、そこで結婚して子を生み、地元で消費生活を営む。その子供がまた親と同じ高校へ入り、地域に参加していく。

ミツロウの進学した高校は地域を永続させるサイクルの中でハブのような役割をしていた。そこへの進学はミツロウがはやく地域に溶け込み、自分の力で生活ができるようになってほしいという前田さんの願いがあった。ミツロウもその気持ちに答えたいと思った。

意気揚々と入学した高校だったがクラスの構造は中学時代となんら変わりがなかった。

顔の知らない人間同士がお互いの心の中を探りながら自分を大きく見せようと躍起になっている入学直後の時期を経て、同じような趣味、性格、コミュニケーション能力を持った者が集まりグループを作っていく。

グループ同士はお互いを意識しあい、他と区別し、自然と序列化されていく。そうしてヒエラルキーが形成され、それが固定化されるとともにグループは自分たちの中だけで閉じていった。

中学時代と違うところがあるとしたらそれはグループ間の交流がほとんどなされないことだった。はじめはお互いを意識していたグループ同士もヒエラルキーが固定化されると周りを気にしなくなった。自分たちの世界で閉じていれば安心であり、ほかのグループと交渉することで不安定な自意識を揺さぶられたくない様子だった。そしてどのグループも自分たちは他とは違うという選民意識を持っていた。

クラスは未熟な自意識が漂う場であり、それが時にはミツロウを居心地悪くさせた。中学時代と同様にミツロウの自意識を回収してくれるグループはなく、ミツロウ自身も誰かにすり寄っていくことはしなかった。皆自分のことで精一杯であり、ミツロウが一人でいることに関して誰も気に留めなかった。そのような生徒は他にもいたし、ミツロウはただ黙って自分の席に座っているだけだったので誰の注意もひかなかった。

拠り所だった前田さんの言葉に従い、ミツロウは勉強に励もうと考えた。しかし中学時代と比べ複雑になる公式や文法にミツロウはついていけなかった。考えて理解するという体験から遠ざかっていく度にミツロウは勉強に興味を失っていった。

教師の言葉は頭の中を通り過ぎ、授業中はもっぱら死について考えていた。ここではないどこか別の場所があり、そこには母がいる。どうやったらそこへ行けるのか、ミツロウは異界に興味を持った。

オカルト雑誌や陰謀論の類を読みふけり、東洋や西洋の神話を調べた。特にミツロウが心を惹かれたのは古事記のイザナギが死んだイザナミを追って黄泉の国へ行く話だった。そこにミツロウは母の声を聞いたような気がした。自分も黄泉の国へ降りていき、母との再会を果たすべきだと思った。そしてそれが蛆の沸いた腐った肉体だとしても魂だけは自分の中に溶け込ませようと考えた。

魂は腐らない、なぜなら母の魂は「美しい魂」だから。

母の「美しい魂」と一体になること、ミツロウはそんな夢を授業中に描いていた。

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