【長編小説】父の手紙と夏休み 3

僕が(ここから春樹的文体で書かせてもらいます)高校三年生のとき、彼女と出会った。彼女は僕の二つ年下で、まだ高校に入ったばかりの初々しい女性だった。

僕が彼女を知ったきっかけは僕の友達が彼女と付き合っていたからだった。

その頃の僕は自意識過剰の男子で、人の目を気にしながらも自分だけの特別性があると信じていた。そして根拠のない自信とまずいことをしでかしはしないかという羞恥心を常に抱えていた。

彼女は僕の友達の彼女で、そのことが僕が彼女に好意を寄せる原因にもなった。人のものがよく見える年頃なのだ。

彼女と僕の友達は付き合ってすぐに別れた。特にこれといった理由はなかったらしい。高校生は理由もなく付き合って、理由もなく別れるものなのかもしれないけれど、それは彼女が今後も繰り返す習性みたいなものだった。彼女の中には確かな理由があって別れを決意するのかもしれないけれど、多くの場合、それは相手に伝えられなかった。彼女もその理由を言葉として明確に表せなかったのかもしれない。ただなんとなく違和感が心にふと生まれただけかもしれない。それでも彼女はそのどこか違うという気持ちを感じると、もう相手と一緒にいることはできなかった。

僕の友達はそのことでとても困惑したし、落ち込みもした。それは僕が後々感じる気持ちと同種のものだった。

彼女が僕の友達と別れたことを知った僕は彼女に交際を申し込んだ。とても失礼な話だけど、彼女にふられて落ち込んでいる友達に僕は彼女の電話番号を聞き、そしてほとんど話したことがないにも関わらず電話をかけ、そして付き合ってほしいと伝えた。

彼女は、もちろんあたりまえだけど、とても驚いていた。僕が彼女を騙しているのではないかと疑った。僕はこの電話がいたずらではなく、本当にきみと付き合いたいんだということを何度も説明しなければならなかった。

そのとき彼女は「少し考える」と言って電話をきった。まあ当たり前の反応だ。でも、その時の僕はばかみたいに興奮して眠ることもできなかった。

数日して彼女から連絡があった。その日から僕たちは正式に付き合うようになった。友達には悪いと思ったけど(彼は明らかに彼女のことをひきずっていた)、僕は彼女と付き合うことができたことに大きな幸せを感じていた。はじめての彼女ではなかったけど、最初の彼女のとき以上に気持ちは高揚していた。

彼女と僕は数回デートをした。公園でブランコに乗ったり、カラオケに行ったり、まるで中学生のようなデートだった。一度だけ彼女を抱きしめ、キスをした。

彼女はひどく怯えているように見えた。僕には経験があったけれど、彼女はまだセックスの経験がなかった。セックスを怖がっているように僕には見えた。その年頃の女性としては普通の反応なのかもしれない。ただ僕はそのことで彼女をより好きになった。それが彼女の純情さだと思った。

デートは月に一回程度のものだった。そのとき僕は受験生だったし、お互いの家も離れていた。受験勉強にそれほど熱意を向けていなかった僕は、彼女と会えない間、いつも彼女のことを考えていた。もっとたくさん会って話がしたかった。

しかし、彼女はそうは思っていなかった。慎重だった。僕がただ好意の目で彼女を眺めていた間、彼女は僕をよく観察していた。

受験が失敗に終わり、一年浪人をすることを決めた僕はそれでもまだ未来に対する危機感など持たず、彼女とどんなデートをするかということばかり頭に思い浮かべていた。

そして、僕が高校を卒業する春に彼女と連絡が取れなくなった。

彼女の家にいくら電話をかけても常に彼女は留守だった。僕はなにが起きたのか全くわからなかった。学校で彼女の姿を探しに一年生の教室を見にもいった。しかし彼女と会うことはできず、僕は割り切れない気持ちを抱えたまま毎日を過ごした。そして僕は彼女の家に行ってみる決心をした。

それはちょうど卒業式の日だった。卒業式がおわったあと僕は友達の家に集まって仲間と酒を飲んでいた。そこに集まった友達はみんな進路など決まってはおらず、それでも高校生活から解放されたことで浮かれていた。

盛り上がるその場をこっそり抜け出して僕は公衆電話から彼女の家に電話をかけた。電話口には彼女のお母さんがでた。僕が訪問の意思を伝えるとお母さんは「キョウコはあなたに会いたくないんだって」と言った。僕は彼女と直接話をさせてほしいと何度も頼んだ。僕の懇願に根負けしたのか、お母さんは「キョウコに電話するように言っておく」と言ってくれた。それで少し僕の気持ちは収まった。少なくともこの割り切れない気持ちに区切りがつけられる、そう思った。

友達との飲み会を終え、僕は家に帰って彼女からの電話を待った。とても長い時間だった。トイレに行く以外はずっと電話機の前にいた。何度も時計を確認し、家族のだれにも電話機を使わせなかった。

夜になってやっと彼女からの電話があった。彼女は「久しぶり」と言った。本当に久しぶりだった。久しぶりに聞く彼女の声だった。僕は「元気だった?」と聞いた。彼女は「うん」と答えた。それから僕は彼女と長い時間話をした。

彼女は正式に別れたいことを僕に告げた。僕はその理由をしつこく尋ねたが彼女から明確な理由は聞けなかった。ただ別れたい意思だけははっきりしていた。ぼくは渋々それを受け入れ、ただこれからも友達でいてほしいと願い出た。彼女は少し困ったようだったがそれでも僕の提案を受け入れてくれた。そして僕たちは友達になった。

彼女への好意、恋愛対象としての好意を消すことは僕にとってはとてもつらい体験だったけど、僕は少しずつ彼女が僕の恋人ではないという事実を受け入れていった。

一年が経って僕は大学へ進学した。別れたあとも僕はときおり彼女に電話をした。なんてことない世間話だった。僕がかけるばかりで彼女からかけてくることはなかった。そうしているうちにまた年が経ち、彼女は大学へ入り、僕は大学をやめた。

大学をやめるとき親と一悶着あったけど、僕の意思は固かった。大学での勉強に意義を見いだせなかったし、周りの人間もばかみたいに見えた。それは僕の幼さの証明みたいなものだったけれど、そのときの僕にはそのような選択しかできなかった。

大学を辞めたあといろいろなアルバイトをした。そこで人を好きになったり、ふられたりした。彼女との連絡はほとんど途切れていた。

彼女への気持ちが僕の中から消え、彼女の存在を忘れかけていたころ、彼女から電話がかかってきた。彼女には新しい恋人ができ、そしてそのことで悩んでいた。

彼女は一つの大きな問題を抱えていた。彼女は僕に新しい恋人との間の問題を僕に相談した。僕は僕ができる限りのことをした。

その問題はとりあえず解決した。彼女はお礼だと言って僕を食事に誘ってくれた。久しぶりに見る彼女は以前とまるで変っていた。高校生が大学生になれば変わるのは当たり前なのだけど、その変化は僕にとってあまり好ましいものではなかった。彼女はどことなく所帯じみて見えた。顔は以前と同様の幼さを残していたけれど、仕草や口調が変に世慣れているように感じた。それが彼女の新しい恋人の影響であることはすぐにわかった。僕はその恋人と彼女が付き合っていることがいいことではないと感じた。でもそれを口には出さなかった。僕にそんなことを言う権利はないのだ。

彼女は大学にはほとんど行っていないと言った。辞めたいとも言った。僕はそれに同調して、自分が辞めたいと思っているなら辞めたらいいと無責任なことを言った。僕は自分が大学を辞めたことが正解だと思っていたから、彼女もそうすべきだと安易に考えていた。大学から解放されれば彼女の生活も少しは好転するのではと考えた。

彼女は特になにも言わなかったけれど、僕のその言葉が彼女に影響を与えたのは確かだった。彼女はしばらくして大学を辞めた。そして実家に戻り、新しい恋人とも別れた。僕はまた彼女と連絡をするようになった。

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