【新連載】真夜中の森を歩く 7-3

ユキとの同棲によって女性との身体的接触の際に感じるミツロウの罪の意識は少しずつ薄らいでいった。なにかに罰せられるという恐怖感やはやく罰してほしいという懲罰欲求は神への信頼とともにミツロウの心から消えたように思われた。

ミツロウ自身、性に対して人並みの興味を持ちはじめた自分はあの悪夢から、誰にも言えない秘密から解放されたのだと感じていた。

ユキの贅肉のついた身体をまさぐり、温かく湿った中に入っていくとき、それは何かに包まれてるような安心感があった。高ぶっていく性に対する欲望と朦朧としていく意識の中でミツロウは純粋だった。純粋に興奮し、目の前で小さく声をあげている女を愛していると思った。

ユキの中でミツロウが射精するとき、彼女は慈愛に満ちた笑顔を向ける。射精の気怠さと冷静さを取り戻していく意識は、罪の影をふと捉えるが、ミツロウはそれに気づかぬふりをして彼女の胸に深く埋まる。こうしていれば安心なんだ、柔らかく温かい肉の感触はすぐにミツロウを眠りへと誘っていく。そして深く深く眠る。あの悪夢はもうこない。

ミツロウの日常はまた色彩を取り戻しはじめた。憂鬱や吐き気は遠のき、仕事にもはじめた頃のような溌剌さで取り組んだ。

身体を酷使し、筋肉や関節の動きを確かめながら日々を過ごす。肌にまとわりつく汗や熱気から自分のにおいを感じる。そこには強い存在感があった。自分が今、ここに存在していること、そのことを身体は教えてくれた。

労働とセックス、二つは互いに強く結びつき、ミツロウの生を際立たせた。

高橋は生き生きと働くミツロウに「女ができると変わるな」と皮肉な調子で声をかけた。ミツロウは高橋に強く惹かれた理由を了解した。高橋の女に向ける視線、そして欲望、それらが彼を野性的に見せていたんだと思った。厳つい外見、引き締まった身体、乱暴な動作、強い発言、確かにそれらの要素も高橋の野性の証明には欠かせないものかもしれない、しかし、それだけではなかった。むしろそれらは高橋が無意識のうちに被っている仮面だった。

高橋が今まで生きてきた中で自然と選び、身につけていった態度。すり込まれた習慣。その奥には女を手に入れたい、女を貫きたい、という欲望が淀んでいた。その純然たる欲望が彼の選び取った態度、習慣の中に滲みでているところ、そのにおいにミツロウは惹かれたのだった。

そして自分も女を抱いたことで高橋のような野性を獲得したような気がした。彼のような欲望が自分にもあり、そしてそれを罪の意識に抑圧されることなく解放できたことは誇らしいことだった。ミツロウは叫びだしたい衝動を必死で抑えた。

黒田、吉川は高橋の、そして徐々に帯びはじめたミツロウの、強烈なまでの身体性に怯え、嫌悪している様子だった。そこには嫉妬と羨望も含まれていた。しかしそのことを黒田、吉川は決して態度に出さなかった。常に4人は固く結ばれた同志だという姿勢を崩さなかった。ただ自分たちを上位に置くことは変わらなかった。

黒田、吉川は高橋とミツロウにあるネット動画を見せた。それは街を大声をあげながら歩く集団の映像だった。集団の先頭に立つ男が拡声器で在日朝鮮人を罵倒する声をあげる。それに続き集団が怒声をあげる。日章旗を掲げる者もいれば歩行者を怒鳴りつける者もいる。揺れる映像、割れる音声。

「このデモにオレたちも参加してきたんだ」

黒田、吉川が笑う。映像をよく見ると彼ららしき姿が確かに映っていた。2人はいつもの髪型、いつもの服装で集団の最後尾に位置し、拡声器から発せられる声にあわせてシュプレヒコールをあげていた。彼らの目は輝き、口には笑みもこぼれていた。

「これこそ運動なんだよ」

動画を見終わったあと、黒田、吉川は満足そうに呟いた。高橋、ミツロウのように無為に発せられる身体性ではなく、自分たちの叫びやエネルギーは「運動」というものに昇華され、社会を動かしているという自信がそこにはあった。優位は自分たちにあり、お前たちも自分たちのようにエネルギーに目的を持たせろと言わんばかりだった。

「運動」という言葉とそこに映された過剰な映像は高橋にもミツロウにも新鮮だった。正義を主張し、そして叫ぶ。

高橋とミツロウは自分たちもデモに参加したいと懇願した。黒田、吉川は意地悪げな笑いを浮かべながらもお互いを見合った。そして自分たちは特定の団体に属してはいないが、志が同じ団体のデモには参加する、あくまで個人として参加している、キミたちもネットで探してみるといい、これはと思ったデモがあったら自分たちからも誘う、と約束した。

ミツロウは自分がデモに参加し声を荒げている姿を想像し、高く高く舞い上がっていくような昂揚感に浸った。

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