【長編小説】父を燃やす 3-1

身体より一回り大きい制服から真新しい生地のにおいがした。真治は教室の窓の外をぼんやりと眺めていた。

むかし、男ありけり。女をとかくいふこと月経にけり。岩木にしあらねば、心苦しと思いけむ、やうやうあはれとも思いけり。そのころ、六月の望ばかりなりければ、女、身にかさ一つ二ついできにけり。女、いひおこせたる。「いまは何の心もなし。身にかさ一つ二ついでたり。時もいと暑し。少し秋風吹きたちなむ時、かならずあはむ」

教師の声がどこか遠くの外国の音楽のように耳を通り過ぎていく。瞳に映る景色はスクリーンに映された映画のように静かにゆっくりと流れていく。同じ色をしたいくつもの屋根、一定の速度で進んでいく電車、彼方で淡く光る山々。心地よい風が前髪を優しく揺らす。真治はあくびを噛み殺し、首を二度鳴らすと、視界を教室へと移した。

秋かけて いひしながらも あらなくに
木の葉ふりしく えにこそありけり

教師の抑揚のついた声が意味を帯びて意識に戻ってくる。頭は自然と聞こえてくる言葉たちを品詞ごとに分解し、活用を意味と形式に応じて分類し、現代語へと置き換えていく。

機械的に行われていく作業は特に楽しいともつらいとも思わなかった。意味を確定させることが求められているのであればそれをただするだけだった。そこに含まれる人々の中を流れる意識や心の機微には興味がなかった。求められる解答を示し、点数を多く獲得し、点数に応じた地位を得ること、真治にとって勉強とはそういうものだった。

県内の優秀な学生が集まってくる高校という評判に闘争意欲を刺激され入学した真治だったが、実際にそこで高校生活を過ごしていくうちに地位を求める欲望は徐々に薄れていった。

クラスに一人として真治の興味を引く学生はおらず、真治は小学校や中学校と同じように適当な態度でクラスメイトと交わり、心の中で相手を見下した。

中学時代のように学内での地位を求めることはやめ、ただ勉強をすることに集中した。ここは大学へ行くための通過点なのだとわりきり、どの部活にも入部しなかった。良いにしろ悪いにしろ目立つことは控え、誰にとっても害のない人間を装うことを心掛けた。

どうせ中学時代と変わらない世界であるなら、今更ここで上り詰めたところで得るものは大してないと判断を下し、それならば目標とするべき大学に向けた勉強に集中し、家計を助けるためにアルバイトをすることが最も自分の目的に沿う行動だと結論付けた。

実際に、少数の人間を除けば、クラスメイトも多かれ少なかれ真治と同じような考えで行動しているように思えた。中学時代と違うことといえばその点だけだった。

その高校は相手と適当な距離を保ちつつ相手を見下すことで自分の優位を確認する真治的な人間が集まっている場所だった。薄っぺらい人間関係と作り笑顔で偽装された学歴ゲーム的な競争意識が学内を支配していた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?