【新連載】真夜中の森を歩く 2-2

ミツロウは日曜礼拝には毎回参加した。母がミツロウを必ず連れて行くのだった。聖書の言葉や前田さんの説教が鼓膜を震わせたが、その言葉の意味について深く考えることはなかった。

日の光によって現れる半透明の物体を飽きることなく眺めていた。それはミツロウだけの世界だった。誰にも邪魔されず、一人でいることに惨めな思いをせずに済む場所。ミツロウは日曜礼拝が好きだった。

「きみはいつも必死でなにかを眺めているね」

母と話していた前田さんがミツロウに声をかけた。ミツロウは驚いて前田さんを見上げた。フワフワ浮かんでいた丸い物体が視界から消えていった。

「そうなんです、いつもなんだかぼんやりとして」

母が照れくさそうに笑いながら答える。ミツロウは自分が見ているそれを説明していいものかどうか迷った。説明することでそれが二度と現れなくなるような気がした。前田さんはミツロウを見つめながらにっこりと笑った。

「学校は楽しいかい?」

「別に、普通」

ミツロウは話の方向が変わったことに喜びながら、それでも無愛想を装って答えた。

「友達がなかなかうまく作れないみたいで」

母がミツロウに代わって答える。

「休み時間も一人でいることが多いって先生がおっしゃってました」

「どうして友達と遊ばないのかな?」

「少し前は女の子たちと遊んでたみたいなんですけど、この頃はそれもしなくなって」

母の困ったような表情を見てミツロウは反発心を覚えた。

「女子はオシャレにばっかり気を使って面白くないんだ。男子は子供っぽくって相手にしてらんないよ」

「ハッハ」

前田さんは乾いた大きな声をだして笑った。目尻の皺が一層深く刻まれた。

「礼拝は好きかい?」

「好きだよ」

「どうして?礼拝は子供っぽくないかな?」

前田さんは笑顔のままミツロウの目を見つめる。その眼はどこまでも吸い込まれていきそうなほど澄んでいた。ミツロウはその眼を覗き込むようにしながら答えた。

「子供っぽくないよ。前田さんはいい人だし、他の人もいい人だよ。誰も他の人を傷つけないし、怖くないし。お母さんもここが好きみたいだから、僕も好きだよ。お父さんもいないし」

母の表情が急に曇った。前田さんはそれを感じ取ったのか母の肩に手を置く。ミツロウはそんな母になぜか怒りを覚えた。母は少し震えていた。

「お父さんは嫌いかい?」

前田さんは今度は真面目な表情でミツロウに尋ねた。

「嫌い、だけど可哀そう。お父さんもここに来ればいいんだ。そうすれば自分に罪があることがわかると思うし。それにみんなと一緒に祈れば罪も消えるかもしれない。そしたらお母さんにひどいことをすることもなくなるんだ。でもお父さんは僕とお母さんがここに来るたびに怒るんだ。それもバカみたいに怒って。だから罪が消えないんだよ。可哀そうだけど、自分のせいだ。子供だよ、お父さんは。お母さんが可哀そう」

前田さんはミツロウの言葉を注意深く聞いていた。母は今にも泣きそうだった。ミツロウは母がどうしてこんなにも弱弱しく見えるのだろうと不思議に思った。前田さんといるからかもしれない、ミツロウは前田さんを見上げた。

「お父さんは今、迷っているんだよ。自分の家が見つからなくてどっちへ行っていいかわからなくなってるんだね。迷子なんだよ。それをね、導いてあげなくちゃいけないんだよ。導いてあげたらきっとお父さんも気が付く。今の自分のままではいけないと。光を灯してあげなさい。そして辛抱強く待ちなさい。主はお父さんもミツロウ君も、もちろんお母さんも見捨てたりはしません。お母さんとミツロウ君の信仰がきっとお父さんの目を覚まさせます。主を信じて待つのです。ね、ミツロウ君、できるかな?」

前田さんはミツロウに視線を向けていたが母に向けて言葉を発しているようだった。母は小さく何度も頷いていた。手を胸に置き口元を素早く動かす。ミツロウの耳に祈りの言葉が響いた。

「アーメン」

ミツロウは母の声に自分の声を重ねた。前田さんは目を閉じ、手をミツロウと母の前にかざした。

「主よ、この二人に正しき道を示したまえ。そして彼らに愛の恵みを与えたまえ」

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