【長編小説】父を燃やす 4-7


  真治へ

真治にどう伝えたら今の僕の状況がわかってもらえるんだろう。きっとあまりにも荒唐無稽で真治に笑われてしまうんだろうね。「お前は漫画の読み過ぎだ」って。

僕も実際はそうなんじゃないかって思う。これは漫画の読み過ぎで現実と虚構が頭の中でごっちゃになってるんだって。

でもね、これは本当に起こっていることなんだ。なぜって、ぼくはしっかりとそのことを認識しているし、頭の中だけじゃなくて、目にも、耳にも、肌にも、しっかりと現実の刻印を僕に残していくんだ、それらは。

僕の五感が確実に現実を認識しているからには僕はそれが本当に起こっていることとしか思えないんだよ。いつか、陽菜が僕に言ったんだ。

「それはね、半分ほんとうで半分うそ」

陽菜にはきっとわかってたんだよ。僕が今なにに怯えているか、どんな問題を抱えているかってね。僕の耳に鮮明に響いた陽菜の言葉が真実なんだ。世界は「半分ほんとで半分うそ」なんだ。

ごめん、何の話かわからないよね、これから説明するから。真治が僕のことを少しでも理解してくれたら、きっと僕は救われるんだ。大丈夫、真治は僕のヒーローなんだから。

どこから話したらいいのだろう、そうだ、僕がこの世界に足を踏み入れた時の話からしよう。

僕は大学に入ってから毎日のように漫画を描いていたんだ。真治に負けたくなくってね。真治にいつも言われてた言葉が僕の頭にいつまでも残ってたんだ。真治はいつも僕に言ったね。「絵なんて描いてなんになるんだ」「文学なんてなんになるだ」って。それは僕にはこういう問いと一緒なんだ。

「漫画なんて描いてなんになるんだ」

僕はそれがどうしても許せなかった。でも真治にしっかりと反論できる答えを僕は持ってなかった。僕は毎日考えたよ。「漫画を描いてなんになるのか」って。そしてその答えを考えるために必死で漫画を描いた。

何個かの作品、作品って呼べるかどうかわからないけどとりあえず最後まで書き終えた漫画、が僕の手元にあった。でも真治にはまだ見せたくなかった。僕の問いにまだ明確な答えが見つかってなかったからね。

真治には見せなかったけど僕は僕の作品のうちに割と出来のいいものをいくつかの新人漫画賞に送ったんだ。もちろんなんの連絡もなかったよ。そりゃ少しは落ち込んだけど、僕もまだ自分で自信を持って真治に見せられるものが描けてなかったから、まだまだだってがんばろうと思ったよ。

でもね、いつの間にか僕は今の世界に足を踏み入れてたんだ。

新人賞の結果がでてから少し経ったころだよ、僕は自分の身の回りが騒がしくなっていることに気が付いたんだ。なぜかわからないけど、学校のみんなが、街のみんなが、僕を見てるんだ。外だけじゃない、家の中にいても僕には視線がまとわりついてるんだ。テレビが僕に話しかけてくるんだ。初めのうちは自分が疲れてるんだと思った。でもね、それはどう考えてみても本当に起こっていることなんだ。

「きみは今、重要な立場にいる」

テレビはそう言ったよ。僕は恐る恐るテレビに問いかけた。

「どういうことなんだ?」

テレビに話しかけるなんてまるでバカみたいだって思ったけど、確かにテレビは僕に呼びかけてたんだ。僕が問いかけるとテレビは再び僕に呼びかけた。

「きみの描いた漫画には、触れてはいけない秘密が描かれていた。それはだれも知ってはいけない秘密だ。きみはそれを知っていた。なぜきみがそれを知っているか、我々はそれが知りたい。もしきみがそれを知らずに描いたのだとしたらきみのその能力は危険だ。正確には、危険だと考えている組織がある。この世界にはいくつかの組織があり、いくつかの争いがある。きみはそれらの組織にとって重要な人間なんだ。危険とも言えるし、救世主とも言える。立場が違えば考え方も違う、そうだろう」

僕はテレビに向かって頷いた。

「我々が知りたいのは、きみが何者かってことなんだ。きみの描く漫画はなんなんだ。それがわかるまできみの立場はいろいろ複雑になるだろう。危険がないとも言えない。気を付けることだね」

僕はテレビを消してテレビの言ったことをよく考えてみた。どう考えても現実のこととは思えなかった。まるで出来の悪いSF映画みたいだって思ったよ。果たしてこれは僕の頭が作り出した虚構なのだろうか、それとも本当に現実で起こっている出来事なのだろうか、僕は必死に考えたよ。そのときだった。陽菜の声が鮮明に僕の耳に響いた。

「半分ほんとで半分うそ」

僕は陽菜の姿を探した。でも、そこに陽菜の姿はなかった。陽菜の声だけが僕の耳に届いたんだ。そして僕は「声」の世界に生きることになったんだ。

「声」の世界。それが僕の今いる世界だ。「声」には様々な種類がある。僕の好きな作家が僕に話しかけることもある。テレビの中の人間が僕に話しかけることもある。学校の友人が、教授が僕に話しかける。陽菜が、母が、僕に話しかける。不思議だね、真治の「声」だけは聞こえないよ。

僕はその「声」たちと会話をするんだ。「声」は僕を脅かすこともあるし、僕と一緒に僕の問いを考えてくれることもある。僕は「声」と一緒にテレビが僕に投げかけた問いを考えているんだ。「きみの描く漫画はなんなんだ」っていうことに関してね。この問いは真治が僕に投げかけた問いと同じことだって僕は考えたよ。

「漫画なんて描いてなんになるんだ」

僕はそのことを「声」とともに必死で考えた。

「声」はときおり僕をおかしな場所へ連れて行って、おかしな行動を強制するんだ。

一度、僕は不思議な場所に連れていかれた。

そこには学校の教室のようにいくつもの椅子が並べられていた。床は階段状になっていて規則正しく並んでいる椅子の列が少しずつ高くなりながら奥まで続いている。その場所は円形になっていてどの椅子に座ってもある一点が見えるようになっているんだ。

その誰からも見える一点、そこには小さな教卓があったよ、そこに僕は立たされたんだ。

僕の立つ場所からは椅子に座っている多くの人の影が見えたよ。その場所は薄暗くってひどいにおいがしたよ。照明は一つ二つしかなくって椅子に座っている人の顔はほとんど見えなかった。ギラギラとした瞳だけが光っていた。

僕はその顔の見えない人たちをしっかりと見つめた。きっとそれがテレビの言う「この世界のいくつかの組織」の人たちなんだって思ったよ。僕はその人たちに自分の考えを伝えようと思った。全く深淵をのぞきこむ気分だったよ。そして僕も深淵からのぞきかえされるんだって思ったよ。

僕は深淵に向かって叫んだ。でも僕が話しはじめると深淵は首を傾げ、かたく目をつむった。まるで眠っているようだと僕は思ったよ。僕はそこに確固たる拒絶の意思を感じ取った。

僕は再び深淵に向かって叫んだ。

「起きてください。起きて僕の話を聞いてください」

僕を取り囲んでいる人たちはピクリとも動かなかったよ。僕の声だけが深淵にこだましていた。

今思えば僕は彼らに向かって話すべきではなかったんだって思うよ。僕の話したことは真治の問いに対する、今の僕なりの解答なんだから。僕は真治に向かって言わなければいけないね。これからそのことを真治に伝えるよ。真治が僕のことをわかってくれるとうれしいんだけど。

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