【新連載】真夜中の森を歩く 7-4
夕方から振りだした雨によって冷え込んだ空気にミツロウは身体を震わせた。布団の隅で丸まっていた毛布を引き寄せ、素っ裸の身体にかける。素肌に触れる毛布の感触が気持ちよく、小さく息を吐く。同じく裸で布団に俯せで寝ていたユキは頬杖をつきながら女性誌を読んでいた。
「寒くない?」
「まあちょっと」
ミツロウはユキの隣に移動し、自分のかけている毛布を半分かけてやった。肩が触れ、ユキの熱い体温が伝わった。微かに化粧水のにおいがした。ミツロウはユキが眺めている雑誌に視線をおとした。真っ白なコートを着た細い女が腰に手をあてこちらを睨んでいた。
「なんか偉そうな女だな」
「もうすぐ冬だし、新しいコート買わなきゃねえ」
ユキはふーっと大きく息を吐くと左手でページを捲った。ミツロウは無視されたことに小さな怒りを感じ、雑誌を取り上げ、放り投げた。雑誌は大袈裟な音を立てて壁にぶつかった。
「ちょっとなにするのよ」
ユキのその言葉に刺激され、ミツロウは腰をすり寄せた。ユキに触れているだけでペニスが熱くなった。それを察したのかユキが身体をミツロウに向ける。
「なんていうか、若いっていうのは、まあ、うん、すごいね」
ユキの手がミツロウの腰を這っていく。尻を撫で、太ももを触り、そしてペニスを握る。ミツロウは腰を浮かせ、ユキの手が動くのを待つ。ユキはミツロウを見つめ、そして動きを止める。
「はやく」
「はやく、なに?」
「ほら、手、動かして」
ユキの手がゆっくり動くとミツロウは鼻から息を漏らした。高ぶっていく意識に促され、ユキの胸を掴む。身体が熱くなり、毛布を剥ぎとる。強く掴んだユキの胸にミツロウの指の跡が赤く残る。乳首を口に含むと胸に青い血管が浮いているのが目に入った。ミツロウはユキを抱きかかえ仰向けに寝かせた。唇を胸から腹へと這わせていく。赤い筋の入った腹は肉が豊かで柔らかかった。口で腹の肉を吸うとユキがケラケラと笑った。ミツロウは腹から口を放し、ユキの股の間に身体を置いた。
「ちょっと、ちゃんとつけてよ」
「大丈夫大丈夫」
ミツロウはユキの中にゆっくりと入っていった。腰を動かすとユキが小さな声をあげる。その声がミツロウを興奮させ、動きは一層はやくなる。耳の奥がジンジンと痺れ、衝動が制御できなくなると、ミツロウはユキを抱きしめ耳元で「好きだ」と囁く。ユキは聞いているのかいないのかただ声を漏らすだけだった。ミツロウが射精するとユキは「ほら、はやく抜いて」と尻を叩く。
「余韻ってものがあるだろ」
「本当に若いって怖いね」
ユキは股をティッシュで拭きながらミツロウの髪を撫でまわした。ミツロウが首を振ってそれに抵抗すると、今度は背中をパシパシと叩いた。
「いてーな」
「うんうん、いい身体」
ユキは裸のまま煙草を吸いはじめた。ミツロウは大きく伸びをしてから布団に仰向けになった。白い煙が流れているのが目に映った。
「寝ないでよ」
「寝ないよ」
煙草のにおいがユキの働いている店を想像させた。いつかユキが歌っていたあの歌の曲名はなんといっただろうか、ユキの歌声が聞きたかった。
「あんたさ、ヨシくんと変なことしてるんだって?」
「変なこと?」
「右翼の真似事みたいなさ」
「真似事じゃないよ、運動だよ、運動」
「知らないけど、あんまり危ないことしないでよ。まあ、その年だと悪ぶりたくなるのはわかるけど」
「別に悪ぶってるわけじゃないよ、日本のためだよ」
「はいはい、そうですか。ミッくんはえらいでちゅね」
「なんだよ、バカにすんなよ」
ミツロウは布団を叩き、声を荒げた。ユキがミツロウの胸に手を置く。
「バカにしてないよ、ただ心配してるだけ。ほら、すぐに怒らない」
「親みたいな言い方だな」
ミツロウは自分のその言葉になぜか傷ついた。母の顔が頭に浮かんだ。それを必死で振り払おうとした。母の顔には罪を喚起する力があった。胸に置かれたユキの手を握る。
「まあ、保護者みたいなもんだよね」
「彼女じゃないのかよ?」
「彼女半分、保護者半分。どっちにしても心配はするよ」
ユキはミツロウに「灰皿とって」と言い、手渡された白い灰皿に煙草を押しつけた。灰皿に水滴が残っていたのか、嫌なにおいが漂う。
「くさい」
「ね?」
「煙草、やめれば」
「そうだよね、私もそう思う。あんたは吸わないね」
「においが嫌いなんだ」
「くさい?」
「なんか親父のにおい」
胸に置かれたユキの手を撫でながらミツロウは部屋を見渡した。
部屋はユキによって清潔に保たれていた。洗濯された作業着や下着は綺麗に畳まれクローゼットにしまってある。姿見も丁寧に磨かれ曇り一つない。ベッドが嫌いだというミツロウのために買われた布団には真っ白なシーツがかけられていた。シーツと同じ色の枕カバーも二日に一回は洗っている。
ミツロウは荒れ果てた実家を思い起こした。母がいた頃はこの部屋とおなじくらい清潔な家だった。母がいなくなってからは荒れる一方だった。どの部屋も煙草と酒のにおいがした。それはミツロウの最も嫌う記憶のなかの一つだった。
「そろそろ仕事いくね」
ユキはミツロウの胸から手を放し、伸びをしてから立ち上がった。照明に照らされたユキの身体は白く光っていた。
「また太った?」
「失礼な」
ユキは弛んだ腹の肉を掴んだ。そしてはーっと息を大きく吸い込むと腹をへこませた。ミツロウにはユキの輪郭が歪んで見えた。ふーっとゆっくり息を吐き出すと輪郭は元に戻った。
「やっぱり少し腹が出てるくらいがいいよ、年相応で」
「なに、その上から目線」
「若さの特権かな」
「あんただってビールばっかり飲んでるとすぐにこうなるよ」
ユキはそう言うとミツロウの背中を強く叩いた。ミツロウが大袈裟に痛がるのを見てケラケラ笑った。ミツロウが伸ばした反撃の手をひらりとかわし、そのままクローゼットへ行って下着を着けた。
「行くなよ」
「ん?」
「仕事。休めよ」
「だーめ」
ユキはジーンズを穿き、下着の上にそのままセーターを被った。ベージュの暖かそうなセーターだった。ミツロウは布団を這っていき、姿見の前でファンデーションを塗っているユキに抱きついた。セーターの感触が頬に心地よかった。
「だーめ」
ユキの子供に対するような口調にミツロウは癒されていくのを感じた。
「眠い」
「布団行って寝なさいよ」
ユキはミツロウを振り払うと腰に手を当てて上半身を左右に回した。姿見の中のユキが同じ動きをする。ミツロウは姿見に映るユキをぼんやり眺めていた。
「よし。じゃあ行ってくるね」
化粧品の入ったバッグを持ち、ユキは部屋を出ていった。ミツロウはユキのいなくなった姿見をまだ見つめていた。音はなにもなかった。肌に寒気を感じた。煙草のにおいがまだ残っている。
ミツロウは布団に戻ると毛布を被って目を閉じた。眠い、そう思った。
目の前には暗闇に立つユキの姿があった。弛んだ腹が優しく光っている。その中へ、その中へ。ミツロウは沈みこむように眠りへと落ちていった。
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