【中編小説】お母さんといっしょ 4
どすんとおちてぼよんぼよんとはずんでぼくはなにかの上にのっかっていた。それをさわってみるとぬめぬめと濡れていて、それに少し変なにおいがした。ぼくがいつまでもさわっているとそれは小さく震えた。ぼくはびっくりして「わっ」と声をだした。するとそれも「わっ」っと声をだした。
「あなたはだれですか?」
ぼくはおそるおそる聞いてみる。それはもう一度身体を揺らすと大きく息を吐いた。
「待っていましたよ。いや、待ってなかったかな」
「だれですか」
「だれと言われても困るんですが、そうですね、あなたたちの世界ではわたしのことをナマズって呼ぶんでしょうね。知ってますか?ナマズ」
「魚ですか?」
「魚って言うんですかね。まあ種類の話はいいじゃないですか。ナマズですよ、ナマズ。あなたたちが嫌いなナマズです」
ナマズはそう言うとからだを小さく震わせた。
「べつに嫌いじゃないですよ」
「そうですかね、ずっと昔からあなたたちはわたしのことが嫌いみたいで、わたしが暴れると地震が起きるなんて言うくらいですからね」
ナマズは小さいため息をつく。
「そうなんですか?」
「そうみたいですね。だからわたしも地震はわたしがおこしてると思うようになってきまして、不思議なもので思うようになるとほんとうにそうなるみたいで、ほら、虚仮の一年岩をも通すっていうじゃないですか、あれ、少し違いますかね、ほら為せば成る成さねば成らぬなにごともって、あれ、これも違いますかね。だから最近はわたしがおこしてるんですよ地震を。面目ないことで」
ぼくはナマズが地震をおこす様子を考えてみた。でもなんで地震なんておこすんだろう、僕は口に出してそう聞いてみる。
「なんで地震をおこすんですか?」
「なんでって言われましてもね。そういうものだからですかね。あなたたちはなんでって言うけど、そういわれても困ってしまいます。べつに商売でやってるわけでもないですし、困らせようって思ってやってるわけでもないですし。なんでですかねー」
「みんな困ってます。たくさんの人が死にました」
「ほんとうに申し訳ないとは思うんですが、わたしにもどうにもできないんですよ。あなたたちはすぐにゲンインを探しますけど、そうやってゲンインを探して、あるときにはわたしのせいにしたり、あるときはチカクヘンドウのせいにしたり、そう言われてもわたしには困るんですよねー。ゲンインってわたしにはよくわからないことですから」
「ゲンイン?」
「学校で習いませんでしたか?ゲンインとケッカ。これのせいでこういうことになった、そう考えるみたいですよ、あなたたちの世界では」
ぼくはゲンインとケッカについて考えてみる。ナマズのせいで地震がおきる。地震のせいでツナミがおこる。ツナミのせいで人が死ぬ。シキュウケイガンのせいでお母さんが死ぬ。ゲンインとケッカ。
「ゲンインがわかると納得するみたいなんですよ、あなたたちは。ゲンインがわからないと不安になります。だからわたしが地震をおこす理由も半分はあなたたちのせいなんですよ。あなたたちがわたしを地震のゲンインにするから」
ぼくはそういうものなのかなと思う。ナマズはまたからだを震わせる。
「申し訳なくは思ってるんです。たくさんの人が死んでしまって、悲しいことです。でもわたしの意思に関係なくわたしのからだは地震をおこしてしまうんです。ほんとうに申し訳ないです。そういう風にできてるんです。ゲンインとかケッカとか関係なく。ただそうなってるんです。納得していただけないでしょうけど」
ぼくはナマズが少しかわいそうに思う。自分が勝手に地震を起こすからだだったらどうだろう、やっぱり申し訳なく思うんだろうなと思う。だからぼくはかわいそうだねってナマズに言う。声に出して言う。
「かわいそうですね」
「いいえ、あなたたちこそ。ほんとうに申し訳ないことをしました」
ナマズは大きく息を吐く。
「そのおわびってわけでもないんですが、わたしはあなたになにかを差し上げようと思うんです」
ぼくはびっくりする。びっくりしてナマズの背中でつるりとすべる。
「なんでぼくなの?地震でかなしい思いをした人は他にたくさんいるよ」
「なんででしょうかねー、これも決まりなんです。わたしはあなたになにかを差し上げる。そう決まってるんです。きっと他のナマズがかなしい思いをした人になにかを差し上げてると思いますけど、それは他のナマズのはなしですからねえ、わたしにはわかりません。わたしはあなたになにかを差し上げるんです。それが決まりみたいなものですので」
ぼくは考える。ぼくがもらってうれしいもの。
「それじゃあ、もう地震をおこさないで」
「それは無理ですねえ。わたしが地震をおこさなくてもきっとほかのなにかが地震をおこすでしょうし、チカクヘンドウとかが。そうしたらわたしも人から憎まれなくても済むんですけどねえ、でも今のところはわたしが地震をおこしてるんです。そういう決まりです。わたしも早くチカクヘンドウとかにわたしの役割をわたしてしまいたいですけど、今はまだだめです。だってチカクヘンドウからなにかをもらうのは嫌じゃないですか?」
「地震がおきたらなにかをもらえるの?」
「そうですね、かなしいことがおきたら楽しいこともおきないと不公平じゃないですか。わたしとしては不公平は嫌いですからねえ。チカクヘンドウはどう思うかしりませんが」
ぼくはチカクヘンドウについて考えてみる。でもチカクヘンドウはナマズとちがってどんな形をしているのか想像できなかった。ナマズは小さくからだをゆらす。
「それに、あなたに差し上げるものはもうきまっているんです」
「えっ?なに?」
「いいえ、すぐにわかりますから。あなたはこれから地上に戻ります。いいえ、そんなに大変なことではありません。ぴゅーっと上にのぼっていくんです」
ぼくはナマズの背中から上をみあげる。上はまっくらでなにも見えない。
「大丈夫です。心配しないでください。あっというまですから」
ぼくは頷く。
「ただですね、これは約束してください。絶対に下をみないでください。絶対にです」
「決まりなんですね」
「そうです。決まりなんです。破ったからってどうなるわけでもないんですが、ただ決まりなんです」
「決まりが多いですね」
「そうなんです。わたしたちの世界はゲンインとケッカがない代わりに決まりが多いんです。どっちがいいかはわかりませんが」
「わかりました。絶対に下は見ません」
ぼく答えるとナマズはぐるんとからだを回してぼくを顔の上にのせる。
「では、これでおわかれです。わたしのひげをこちょこちょっとさわってください」
「わかりました。では、さようなら」
ぼくはナマズのひげをこちょこちょっとさわる。ナマズは大きく息を吸うと「クション」とくしゃみをした。
ぼくのからだは浮き上がり、そして上へ上へとのぼっていった。ぼくは下を見ないように目をつむり、いっしょうけんめい数を数えた。何度も何度も同じ数を数えた。鼻にナマズのにおいがいつまでものこっている気がした。
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