【長編小説】父を燃やす 5-3

数をこなすことを自分に課した一年が過ぎると真治にも安定した顧客がつくようになった。そのことによって当初の目的である金と地位を得た人間の生態をじっくりと観察する時間を得ることができた。

真治は富裕者というものをその特徴によって区別し、いくつかのグループに分類した。

一つ目のグループは堅実派と真治が名付けたグループで、その特徴は高齢者の富裕層に多く見られた。

長い間富裕者という地位にいる彼らは信用を何よりも重視し、商品やサービスの内容よりもそれを提案する人間がどれだけ信頼できるかということを購買の判断材料にしていた。そのため長く付き合いのある営業が勧めるいつもの商品を好んで買うことが多かった。

物腰柔らかな態度はとるものの、はじめて訪れた営業に対しては心を開かず、丁寧な言葉で婉曲に拒否の姿勢を示す。何度も足を運び、感情の交流を深める以外に彼らの心を開くことはできなかった。

基本的に保守的な考えで投機的な商品には近づかず、安定した資産運用のできる商品を好んだ。営業と交わされる会話も商品の説明を聞くというよりは経済や政治など世の中の動きに対する世間話を好んだ。その世間話の中から営業マンの知性、教養、誠実さなどを測り、自分が付き合うに足る人間かを判断した。

数多くの優れた人間に会ってきた彼らは人を見る目に自信を持っており、その基準に達するには多くの努力が必要とされた。張りぼての教養や誠実さはすぐに見透かされた。

ただ一度信頼を勝ち得てしまえば彼らは非常に安定した顧客になった。

二つ目のグループは真治がデータ派と呼ぶグループであり、彼らは自分の築き上げた人脈やインターネットによって仕入れた情報で購買の判断をする人間だった。

多くの情報を持つ彼らは基本的に自らの判断を絶対視しており、半端な情報を持ってくる営業に対しては手厳しい態度を示した。

堅実派に比べると富裕者としての歴史は浅いが、それでも自らの力で金と地位を手にしたという自負は彼らに絶対の自信を与えているようだった。

実業でいくつもの修羅場を経験してきた彼らはどうすれば資産が増えるかということに対してシビアな判断をした。情に訴えても彼らには響かず、それを購入することでどれだけのメリットがあるのかということを明確な数値を持って説明する必要があった。

彼らに購買させるためには彼ら以上の情報を持ち、高い付加価値があるサービスをデータを使って論理的に提案する必要があった。明確な情報と合理的判断、彼が求めているものはそういうものだった。

三つ目のグループはbusy派と名付けた忙しい富裕者層で、実業が忙しくそのほかのことに時間が取れない人たちだった。

彼らも自ら得た資産を運用して増やしていきたいとう願望はある。しかし実業に忙殺され、データ派ほどの知識や情報を仕入れる時間はない。そういった彼らのとる選択は「投資はしない」と「すべて証券会社に任せる」の二択だった。

自らの能力と判断に自信のあるbusy派は投資ではなく実業で稼いだ金を貯金することで十分だと考えた。他人に判断を委ねて資産を減らすくらいならはじめからそんなことはしないという考え方である。

もう一方は自らの専門外のことは専門家に任せるという判断をする人間だった。自らも専門の分野をもつ彼らはスペシャリストに対して信頼感を持っており、その専門家の言う通りにすればうまくいくという考えを持っていた。

他の専門家を信頼する彼らの考え方の裏には自らも専門家であることの自負があった。そのため一度資産が減るようなことがあると彼らはその証券会社をすぐに見限り、別の証券会社に任せるか、もう二度と投資はしないという判断を下した。資産が減ったことよりも専門家としての矜持が失敗を許さなかった。

彼らが求めるものはプロとしての意識と能力だった。

四つ目のグループは消費派と真治が名付けたグループで文字通り消費社会を体現しているような人たちだった。彼らは新興の富裕者層で、事業などで急激な成功をおさめ、富裕者としての地位を突如として手に入れた人間だった。

自らの地位を確認するためなのか、彼らは自分の価値を消費によって高めようとする傾向があった。高級な自動車、腕時計、美術品、彼らはそれを持つことで周囲に自らのステータスを誇示することにやっきになっていた。記号の消費による自らの価値引き上げ。そのブランディング戦略は資産運用の場面でもよく見られた。

彼らは、成功したこともギャンブルだとでも思っているのか、資産運用も投資より投機的傾向のある商品を好む傾向があった。彼らが望むのは一発あたっときの快感であり、自分が他の人間より優れているのだという承認欲求だった。

記号の消費による他者との差異化と同様、資産運用も自分が人とどれだけ違うか、どれだけ自分が優秀な能力を持っているかを確認するために行われた。

資産運用に対する知識や情報はそれほど持ち合わせてはおらず、証券会社の営業が勧める「今までにない商品」に心を惹かれた。

「お客様、こちらはお客様だけの特別商品、他の方には紹介しておりません、どこにもないお客様だけのもの、利益はもちろん保証いたします。今だけ、お客様だけ、他の人は誰も知りません」

彼らはそう言われると買わずにはいられない、そういう人種だった。

真治は分類した四つのグループごとに最適な営業手法、接客態度を考え、それを体系化していった。頭の中で想定した手段を実際の営業の場で試し、成功すればそれを一つの真理として今後に活用した。失敗すればそれは誤った仮説だったということで真治の真理の中から削除された。

いくつもの仮説の検証、トライ&エラーを繰り返すうちに真治の稼ぎだす売上げは支店の誰よりも高いものになった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?