【新連載】真夜中の森を歩く 8-1

ユキとのセックスは日々の進行と共に日常の中に埋没していった。はじめてユキの身体の中に入っていったときのような好奇心と怯えの混じった感情はすでに失われていた。

ミツロウがユキの身体に触れること、それは2人の生活の中にその一部としてあたりまえのように組み込まれていった。ミツロウはときに倦怠を感じることもあったが、性をより深く探っていくことはしなかった。性の世界が深く広大であることは高橋の話などを聞きかじって知ってはいたが、自分がユキの身体にそのようなことをすることは想像できなかった。

ただ2人で抱き合い、お互いの体に触れ、そして結ばれる。そのことがただ漫然と行われる。食事と同じようなものだった。

食事は常にユキが作る。ユキの作る食事はうまかった。常に満腹だった。性欲と食欲がいつも満たされ、満たされると眠くなった。まどろみの中でミツロウはこの日常がいつまでも続けばいいと思った。

幸福な日常にも倦怠はやってくる。刺激的なことを求める気持ちも湧きおこる。ミツロウはそれを家庭から離れた場所で行った。ユキが必要以上に心配することが嫌で黙ってそれに参加していた。

黒田、吉川に誘われ、高橋と共に参加したデモにミツロウは興奮した。力の限り叫ぶことのできる解放感、完全な正義の元に完全な悪を罵る快感、そして仲間との一体感。それは仕事やユキとの同棲生活では味わえない非日常の体験だった。

仲間と共に歩く見知らぬ街や人々が自分のもののように思えた。なにも知らずに呑気に歩く人々を守っているような気がした。ときおり遭遇するデモに反対する人間が愚かに見えた。そしてその愚者に迫り、罵るとき、自分が英雄になったような昂揚感が得られた。

デモが終わり、仲間と酒を飲むときの楽しさ。非日常の体験は日常を輝かせてくれた。ミツロウは人生ではじめて「生れてきてよかった」と心の底から思えた。

デモに参加することで黒田、高橋、ミツロウの3人の絆は一層深まっていった。居酒屋で交わす嫌韓的な議論も今まで以上に熱く、濃い交流となった。

「同志」という言葉が自然と3人の口から発せられた。その中で吉川だけが彼らから距離をとるようになっていった。彼らと行動を共にすることは相変わらずだが、発言や行動が少しずつ消極的になっていった。

今まで黒田、吉川と高橋、ミツロウの二層に分かれていたグループの陰の構造が黒田、高橋、ミツロウと吉川という形に変化してきていた。黒田は吉川と2人で高橋、ミツロウを見下し笑うことで優越願望を満足させてきたが、吉川が距離をとりだしたことで自分も笑われる側にいるのではないかという疑念を持ちはじめた。

吉川が自分たちをなんらかの理由で笑っている、そう思うことは黒田には耐えられないことだった。自分が誰よりも上位にいることをなにかしらの形で示さなければいけないと考えた。

黒田は高橋、ミツロウを笑う側に引き上げようとした。そうすることで吉川1人を笑われる側に置くことができると信じたのだった。理想としては黒田→高橋・ミツロウ→吉川という構造。

黒田は高橋、ミツロウとよく話をするようになった。嫌韓的な議論だけでなく自分のプライベートについても話をした。

黒田には彼女がいた。付き合ってすでに1年半が経っているということだった。黒田はその話を吉川がいるところで高橋、ミツロウに向かって語った。吉川、お前ではなく高橋、ミツロウにオレは話しかけているんだという排他と親密さを醸し出すことを意識して。

黒田の恋人は同じ大学で文学を専攻している女性だった。友人の紹介で知り合い、黒田からのアプローチで交際がはじまった。2人ともはじめての恋人ということでお互いが相手に熱中した。しかし1年を過ぎた頃から倦怠がはじまり、そして彼女の方の心が少しずつ黒田から離れていった。

黒田は冷めていく関係に対して特になにも感じなかった。彼女に執着はなかったし、彼らが言うところの「運動」に熱中してもいたからだった。

しかし彼女に男の影がちらつきはじめると、自尊心が傷ついたのか、彼女に執着しはじめた。

「あいつは在日に言い寄られている」

黒田は高橋、ミツロウにそう言った。彼女への執着心に駆られた黒田は相手の男の情報を犬のように嗅ぎまわった。その男が同じ大学の外国語学部に籍を置き国際交流のサークルに所属していること、そのサークルで日本に来る外国人との交流会を開いたり国際交流のシンポジウムにボランティアとして参加していることなど、それら新しい男の行動を探偵気取りで収集した。

「ある国際交流のシンポジウムはアジア諸国と日本の新しい関係構築というテーマで開かれた」と黒田は言う。

そこには中国、韓国など特定アジアの人間も参加しており、そこで反日的な発言もなされた、そしてそこにいた日本人は誰もそのことに対して反論しなかったばかりか平和と協調といういかにも反日サヨクが言いそうな偽善的お題目を並べてお茶を濁した、黒田は映画に出てくる軍人が報告書を読み上げるように声をはりあげた。そのシンポジウムの主催者はいかにも反日サヨク的な雰囲気の団体であり、そこに関係している黒田の彼女の新しい男はあきらかにサヨクだと言い切った。

「あるいは在日なのかもしれない」黒田は恋人がサヨクの口車に乗り洗脳されるのではないかと心配していると悲壮な口調で高橋、ミツロウに語った。そして彼らに協力を求めた。彼女を反日サヨクの手から守ってほしい、その懇願は高橋、ミツロウの闘争心に火をつけた。

彼らはそれがどうやったら実現できるのかにについて夢想し、議論した。黒田、高橋、ミツロウが恋人奪還計画に熱中するのを吉川は冷めた目で眺めていた。そこにはなんの笑いも優越感も含まれてはいなかった。

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