【中編小説】お母さんといっしょ 1

 お母さんがいなくなったのはぼくの身長が庭の朝顔を追い越した夏だった。

お母さんはずっと病院に入院していて、でも僕の顔を見るといつもにっこり笑ってくれた。

僕はお母さんに「いつ家に帰ってくるの?」って毎日聞いていたけど、お母さんは「もうすぐね」って言ってまたにっこり笑った。

お母さんはぼくが行くと毎日笑った。毎日笑ってるから、ぼくも一緒になって笑った。妹のアミはお母さんが家に帰ってこなくて泣いてたから、ぼくはアミをしかってアミにも笑うように言った。

だからアミも笑ったし、ぼくも笑ったし、お母さんも笑った。だからお母さんはすぐに帰ってくると思ってた。

朝顔の花が咲いた朝、お父さんがぼくとアミに向かって「お母さんが亡くなったよ」って言った。

ぼくとアミはお父さんの言っていることがよくわからなくてぼんやりしてた。まだ朝も早かったし、ぼくもアミもベッドに戻ってゆっくり寝たかった。アミがお父さんに「お母さんが帰ってくるの?」って聞いた。お父さんは首を振って「お母さんは帰ってこない」って言った。

「いつ帰ってくるの?」

アミが聞く。

「ずっと帰ってこない」

お父さんが答える。

「ずっとっていつまで」

ぼくが聞く。

「ずっとはずっと。もう帰ってこない」

ぼくとアミは顔を見合わせる。ズットカエッテコナイ。お父さんの言ってることがよくわからなかった。

「おにいちゃん、おかあさんはずっとかえってこないの?ずっと病院にいるの?」

アミがぼくに聞いた。ぼくはアミの質問の答えがわからなかったからお父さんの顔を見た。お父さんは首を振って泣いていた。

その日からお母さんがいなくなった。どこを探してもお母さんはいなかった。病院に言ってもいないし、家の台所にもいなかった。

ぼくが最後にお母さんの顔を見たのはオソウシキだった。

オソウシキにはオボウサンがきてネンブツを唱えていた。ネンブツを聞いているとぼくはなんだか眠くなってきて、寝たらお母さんに会えるような気がして、ぼくは椅子に座りながらお父さんの腕によりかかってた。アミも僕のかたによりかかって、ぼくとアミはネンブツを聞きながらお母さんに会えるように夢を見ていた。

ネンブツが終わるとお父さんがぼくとアミを起こして「お母さんにお別れを言おうね」って言った。

ぼくはお母さんにお別れなんて言いたくないし、これからもずっとお母さんと一緒にいたいと思った。アミもきっとそう思ってるってぼくにはわかった。

でもお父さんに連れていかれたカンオケにはお母さんはいなかった。お母さんみたいな人が眠っていたけど、それはお母さんじゃなかった。ぼくにはそれがわかった。これはお母さんに似せて作った人形だと思った。

ぼくはそれを見て怒りたくなったけど、アミは大きな声をあげて泣いていた。ぼくは泣きたくなんてなかった。でも泣いてるアミを見てるとぼくも涙が出てきてとまらなくなった。

ぼくとアミは一緒にわんわん泣いた。お父さんも隣でしくしく泣いた。親戚のおじさんやおばさんも「かわいそうに」と言ってしくしく泣いた。

お母さんはシキュウケイガンっていう病気だってお父さんは言った。

ぼくにはシキュウケイガンってものがわからなかったけど、それがお母さんを人形にして燃やしてしまったことはわかった。

ぼくはシキュウケイガンに文句を言いたかった。おこってやりたかった。でもシキュウケイガンにどこにいけば会えるのかわからなかったし、ちょっと怖い気もした。だからアミと一緒にオセンコウをあげた。

お母さんがシキュウケイガンに負けないようにって手を合わせてお祈りした。お父さんは「お母さんは天国で幸せに暮らしてるよ。もう子宮頸癌はなくなったよ」って言うけど、ぼくとアミは信じなかった。ぼくとアミからお母さんを奪ったシキュウケイガンは天国でもきっとお母さんを苦しませてるんだって思った。

だからぼくはシキュウケイガンがいなくなるように毎日お母さんにオセンコウをあげた。

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