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Waverと色

ずっとファンである「田所あずさ」ニューアルバム
”Waver”が素晴らしくて語りたい。語りたい。語らしてくれ。

このアルバムを初めて頭から通して、最後の曲にして表題曲である"Waver"を聴き終わったときに、俺の大好きな小説、村上龍著「限りなく透明に近いブルー」のラストシーンを思い出した。

以下文庫本裏からあらすじの引用

米軍基地の街・福生のハウスには、音楽に彩られながらドラッグとセックスと嬌声が満ちている。そんな退廃の日々の向こうには、空虚さを超えた希望がきらめく――。

刺激的すぎる70年代のカウンターカルチャーを退廃的に描きながら、自分自身を含む身の周りの残酷な出来事を、他人事の様に傍観し受け入れ続け、狂いきった果てに見えた喪失からの再生の色。限りなく透明に近いブルー

以下小説本文引用

ポケットから親指の爪ほどに細かくなったガラスの破片を取り出し、血を拭った。小さな破片はなだらかな窪みをもって明るくなり始めた空を映している。(中略)
血を縁に残したガラスの破片は夜明けの空気に染まりながら透明に近い。限りなく透明に近いブルーだ。

以下Waver歌詞引用

ひとりはぐれても 
触れられる答えだけが
本当じゃないと知ったから
辿る足跡残さずにゆく 
たしかなわたしの朝
夜が明けて
変わり続ける私と生きていく そう決めたの。

なるほど、シーンとしても少し似ている。夜明けだし。

彼女の決意もきっと外の世界を一変させるような、決して派手なものではなくて、自分のポケットから出したガラス片をじっと見つめる様な密やかで、かつ確かな瞬間。そんなイメージを楽曲からも抱かせる。

そしてこのインタビューを読んでほしい。泣いた。

https://ddnavi.com/interview/730815/a/

喪失からの再生
あった。某音楽プロデューサー退社もそのひとつだろう。それから、じゃあセルフプロデュースするしかない!という大胆さ。なんとも彼女らしいというか。昔から、私はネガティブだと嘆きながらも"怖いもの知らずなんです"と言い切ったり、凄く負けず嫌いだったり。物凄く繊細で、物凄く大胆。そういう印象。

これも俺の主観なんだけど、彼女はずっと切実なのだ。
役を演じるときも、なにかについて語るときも。
デビューしたときも、ロック路線に振り切ったときも。
客のいないライブハウスでも、満員の大舞台でも。
オタクは何かにつけて”尊い…”っていいがちだけど、俺にとっての彼女の魅力のひとつは、尊さと対ともとれるような切実さだと思ってる。別に対ではないか。まぁいいや。

今回のアルバムは、これまで音楽活動で表現してきた”なりたい私”から、それを踏まえた上での”今の私”を表現する事への変化だ。これも喪失と再生だろう。自分自身の迷いや違和感そのものという、自意識的でそれこそ切実な部分をアルバムとして表現することを彼女は葛藤し選んだ。
コロナ禍もあって、長い時間をかけて凄いアルバムに仕上げてきた。ファンとしてこんなに嬉しいことはない。2度目のデビューアルバムという制作側からの声がとても腑に落ちる。

メインライター大木氏のスパイスの効いた、散文詩的な歌詞がまたとても良いんだな、これが。楽曲のクオリティも本当にひとつずつ高くて、何度聴いても色んな顔を見せてくれる。

最後にもう1度、限りなく透明に近いブルーを引っ張りだして終わりたい。
以下文庫本の綿矢りさの解説から引用

苦しみ抜いた末草むらに倒れたリュウが、自分の血で汚れたガラスに見た、あの美しい色だ。”限りなく透明に近いブルー”という色は複雑な色味なはずなのに、その脆く美しい色彩のイメージは誰の頭にも思い浮かぶ。本書を読んでない人にも違う世代の人間にも伝わる強力なテレパシーだ。傷つきやすい心を全開にしたまま苦しい真夜中を乗り越えなければ見られないこの色は、リュウにとっても救いの色だが、この色を知っているほかの人間にとっても救いの色だ。

なるほど、流石綿矢さん。

嗚呼このアルバムはきっと、限りなく透明に近いブルー色なんだ。


P.S 相当ドギツい小説なので読む人はご注意を。
アルバムはサブスクもあるから気軽に色んな人に聴いて欲しい。

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