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あの頃8

翌朝部室に行くと、アーミーのハーフコートを着た小柄な男が長椅子に転がっていた。
ピクリともしない。
部室に酒の臭いが充満している。
死んでるんじゃないかと、顔を寄せてみると、どうやら息はしている。
とにかく酷い臭いなんで、奥に行って窓を開ける。四月の朝はまだ寒いが、空気の入れ替えが必要だ。
暫くして、馬鹿でかいクシャミを二つして、男が起きた。
私の顔を見るなり、誰だ? と訊く。

今度文藝部に入りました○○です。

寒い、閉めろ。

男はそう言ってまた寝た。

私は小一時間くらい部室にいたが、誰も来ないし、男と二人で不安になったので、図書館に逃げた。午後に部室にいくと、もう男はいなかった。
代わりにYさんがDさんに問い詰められていた。

結局、女の子何人入ったの?
ふたりです。(そのうち一人はすぐやめることになる)
仕方ねえなあ。
すいません。がんばったんですが。力及ばずでした。
で、あの子は入った?
出店に来てくれて名前かいたんで、たぶん。
ほんと大丈夫だろなぁ。
たぶん。

どうやら新入生のメンバーは、確定したらしかった。

土曜日の午後。文藝部の最初の活動が、行われた。
この日は、教室が取れたとかで、3階の小教室が集合場所だった。
まず自己紹介から始まった。ひと言いう度に、あちこちから茶々が入るので、一向に進まない。
ざっくりまとめると、次のようになる。

本年度部員
(名前、性別、チーム、敬愛する作家)

4年
MOさん(女)フリー、特にいない。

3年
Dさん(男)部長、小説、村上龍
Sさん(男)小説チーフ、筒井康隆 アーミーコートの人
Mさん(女)詩チーフ、現代詩全般
S Iさん(男)小説・欠席、不明
K Iさん(男)詩・欠席、不明

2年
MIさん(男)小説、寺山修司
Yさん(男)詩、マラルメ
TAさん(女)詩、吉本隆明
KUさん(女)小説、詩、文芸全般
SAさん(女)詩、中原中也

新入生
H (男)小説、大江健三郎
KO (男)小説、夢野久作
W (男)小説、新井素子
E女史(女)小説、山本周五郎
私(男)小説、遠藤周作

4年生は他にもいるらしいが、就職活動で忙しいのか、出てこない。一説によると、作品を出しても、3年にパンパンにやられちゃうんで、恐れをなして、寄り付かなくなったとか。

3年の欠席二人は、気が向いたら来るんじゃない、とDさんは至って寛容。そしてMさんの含み笑い。後々、私たちはその強烈な個性に恐れ入ることになる。

2年生のMIさんには初めて会う。寺山修司ってタモリが真似する人くらいの認識しかなかった。TAさんの好きな吉本隆明も初めて聞く名前だった。

新入生で、昨日、DさんとYさんに噂されていたのはE女史。これも後で聞いたが、高校時代、大手YO新聞の小説コンクールで入賞したという。附属高校の子で、高校の文芸部のOBから大学でも文藝部に入れろと指令が出たらしい。
他に気になるのは、今日初めて会うW。新井素子。聞いたことがない。誰だ。法学部だそうだ。あと、 KOが推す夢野久作も初めて聞く。

私の好きな作家は、太宰治ではいかにもなんで、遠藤周作にしておいた。「狐狸庵閑話」は、当時の私の愛読書だった。ただ、2年の KUさんに「沈黙」と「侍」とどっちが好きか訊かれて、どきりとした。遠藤周作の小説で読んでるのは「沈黙」だけだったからだ。侮れない。
というか、KUさんは、だいたいなんでも読んでいた。侮れるはずがないと後に知る。

自己紹介は終わった。Dさんは言う。

今日はこれで終わり。来週の水曜日は読書会やります。本はコクトーの「恐るべき子供たち」。紹介者は3年のSI。今日来てないけど、まあ、大丈夫しょ。

こうして今日の活動は終了し、新歓コンパの流れとなった。

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