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【掌編小説】嫁入り

おやじ殿。たくらみは疾うに知れておる。忍んだ手下が昨夜に告げた。今はまだ、知らん振りして通そうか。
  村の外れの祠の傍に、娘は一人で立っておる。恐れてはおらぬ仕草にて。山に歩めば付いてくる。歩きやすげな道を選びはするが。ヨメニナルハドウイウキモチカ。問うても娘は言いはせぬ。ナットクズクデアユンデオルノカ。娘は何も言いはせぬのだ。
  谷底の渓流渡しの木橋へ着いた。向こうに行けば、俺の領分。娘の言葉を待ってみた。崖上の白い花を取ってくろ。娘はそういうはずじゃった。取ろうとすれば、いやいや違う、もそっと先の、木の先の。尻込みすれば、われは嫁になると決めたに、お前はわれに花もくれぬか。そうなじる手はずじゃ。はずじゃのに。
  ハナハイラヌカ。俺から問うた。じゃのに娘は首を振る。サルノヨメニナロウトイウニワガママヒトツオマエハイワヌカ。俺は哀れに悲しゅうなって、一息に崖を登った。一番危ない一番綺麗な花摘みに。
  おやめくだされ。おまえさま。
  娘が言うと、花を摘むと、足下の石がずれると、同時であった。真っ逆さまに川へ落ちたよ。荒い流れに観念したが。たかが猿の分際で人を嫁にとは小賢しい。天も道理とお思いか。
  おやじ殿のたくらみ通りに死ぬるであるが、不思議と腹は立たなんだ。娘が泣くのは不憫であったが。
  シヌルイノチハオシマネドノコルムスメノナクガカナシキ
  思うてそれぎり、心は絶えたさ。

*民話「猿婿」より

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