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あの頃26(最終回)

いろんなことを思い出したが、今回で終わりにする。
思い出にはキリがないから。
思い出に浸るばかりでは先には行けないから。

この後、公安の手先にされそうなやつがでたり、文藝部全員で演劇やったり(客は1人だけだった)、年に一度出す部誌を、Sさんが勝手に名前変えて出したり、その他いろんなことがあった。
個人的にもガス漏れ探知のバイトで死にそうになったり、熊野古道を一人旅して遭難しそうになったり、いろいろあった。
書けないこともいっぱいあった。

小説家になるんだという夢は結局果たせず、文藝部の面々も、私も社会へと旅立っていった。社会に出てから、何人かの結婚式に出るなど数回会ったが、もうそれぎり会わない。私たちはいつまでも恋恋とする関係ではなかったのだろう。

しかし、できればSさんには、私の本を読んでほしかった。
こんなこと書いてます、と実物で報告したかった。
時間ばかりたって、Sさんは死んでしまった。

小説の方法論はまるで違ったけれど、今もポンコツ小説を書いているのは、たぶんSさんがいたからだと思う。
Sさんはどんな小説を目指してるんですか、と聞いたことがある。

ーー俺は床屋(散髪屋)の「ゴルゴ13」に勝ちたい。

 そのこころは、待合席に置いてある漫画よりも手にとられる小説を書きたい、というところだろうか。
意味不明さは堂にいっている。
そうでありながら、Sさんは卒業間近に、こうも言った。
ーーアイデンティティってのも大事かもな。
確かに、そう言った。

Sさんの訃報を聞いて、まだ私は葉書の一枚も出していない。もうすぐ一年になる。薄情な後輩である。
どこかでまだ、Sさんが死んじゃったことを、納得できてないんだろう。
ここで改めて、ご冥福を祈ります。

そうそうKOくんとはまだ薄い繋がりがある。あれからKOくんは詩を書きはじめ、詩集も二冊出した。小さな詩人の団体に属していて、忘れた頃に同人誌を送ってくれる。

なのに私は礼状も出さない。



         おしまい

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