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創作とほほ日記7

さて、ずっとプロットプロット言ってますが、プロットってなんでしょう。要は小説の筋ってことですね。正しくは筋はストーリーで、プロットは、その書く順番らしいですけど、まぁ、私はよく知りません。他にシノプシスとかいうのもあって、何が何だかわかりません。だから、世間一般で言われてるのと、用語づかいがちがうかもしれませんが、そん時は、違うぞって教えてください。いや、やっぱり教えてくれなくていいです。

なに書きたかったんだっけ。ああ、筋の話。それなら、あの論争に言及せざるを得ませんね。芥川龍之介と谷崎潤一郎との間でなされた、筋のあるなし論争。
芥川のほうは「文芸的な、余りに文芸的な」て、題名で文庫にもなってました。
私は読みましたが、みなさん読んだことありますか。講談社文庫だったかなぁ。でも、最近、本屋でみないなぁ。
私、芥川の方は読んだんですが、谷崎側のは読んでません。「文芸的なーー」だけ読んでも論争の流れはわかりますが、片っ方側だけなんで、全体像が見えてません。それを承知でこっから書きますんで。そこんとこお含みおきを。

芥川の論は、要するに、小説に必ずしも筋は必要ないってものでした。谷崎は、勿論、それに真っ向反対する。筋は必要だと。
初めて読んだ時、そりゃ若いから、若さはアバンギャルドなんで、芥川の説に、激しく同意致しましたな。芸術に憧れるお年頃なんですな。勿論、谷崎だって芸術なんですが、若いから気がつきゃしません。
この勘違いは当時の文壇にもあって、久米正雄(だったかな)なんか、私小説以外、みんな通俗だ。ドストエフスキーだって通俗だ!つて言っとります。
神をも恐れぬ言動です。まあ、ドストエフスキーはキリスト教が分からんと読めない、て言われてますんで、恐れてないんでしょう。たぶん久米さんは仏教徒でしょうから。未確認ですけど。


文学と芸術。深い問題ですね。
話は変わりますが、「サルでも描けるまんが教室」て、本がありまして、通称「サルまん」。いや、題名がうる覚えでAmazonで、「サルにもわかる」でひいたら出るわ出るわ。「サルにもわかるGIT入門」「サルにもわかるデザインの本」まぁ、出るわ出るわ。みんな「サル」が好きなんですな。政治家さんの、こないだ「サル」いうて、叱られてた人いましたが、みんな「サル」好きなんですな。「サル」に失礼でしょと思いはしますが、んなことどうでもよくって、要は「サルまん」なんですがーー。

この本、要は漫画の書き方の本なんです。そのなかに、漫画書く奴が、「マンガが芸術だ」言い出したらおしまいだ、とありました。「芸術」言い出したら、確実に終わると。「芸術」なんぞちゃんちゃらおかしい、と。
まぁ、若いとみんな「つげ義春」になりたがるんですな。「永島慎二」に憧れるんですよ。「鈴木翁二」が大好きになっちゃったりするわけですな。ほかにも、「諸星大二郎」とか「花輪和一」とか「根本敬」とか、「蛭子能収」さんも、なかなかカルトでした。いわゆる「ガロ」系です。諸星さんは違いますけど。
芸術系漫画の方々ですが、これ一般の人が、そっち方面いこうとすると、エライ目に合うんですよ。夜郎自大てご存知ですか。まさにアレですな。人の漫画腐してばかりで、自分の力はなにほどでもない。つまんないプライドばっかり肥大させて、売れる漫画家にはほど遠い癖に偉そうな顔をする。そんな漫画家さんが出来上がるんですよ。どっかでおんなじようなこと書きましたけど。どだい彼らとは才能の質が違いすぎるって自覚がないんですよ! 蛭子さん、バカにする人いますが、蛭子さんデビューしたときの衝撃はなかなかのものでしたよ。「地獄に落ちた教師ども」とか「私はバカになりたい」とか、恐るべき本ですよ。くだらなくって。(褒めてる)

で、ですね、そんな「ガロ」系漫画も大好きな、漫画のヒットメーカーが誰かというと、それが高橋留美子なんですな。「うる星やつら」「めぞん一刻」「らんま1/2」「犬夜叉」の、先ごろフランスで勲章もらった、あの高橋留美子大先生なんですよ。驚きですね。
でも、本当は驚きじゃないんです。描けば当たる高橋先生。
芸術漫画から通俗漫画まで、その漫画的教養は幅広い。つげ義春だけ大好きじゃなくて、手塚治虫もほんとに大好き。だから、描けるんですな。ヒット作連発なんですな。勿論、筋ある漫画を。筋ある面白漫画を。まあ、根本敬まで読んでるかどうかは未確認ですが。


なんか漫画のことばっかり書いてますが、なんでこんな話になってんでしたっけ。
ああ、筋のあるなしの小説観。芥川と谷崎の話でした。
文学と芸術。
今、私はどう思ってるかっていうと、筋はあったほうがいい、と素直にそう思います。
だって、芥川さん長いのかけませんでしたもの。「歯車」で10万字書かれた日にゃあ、読むのしんどい。書くのもっとしんどかろう思います。だから死んじゃったのかなぁ。知らんけど。

私考えるに、書くのがしんどい。これが一番いけない。楽しくないと続かない。小説の楽しみの一義的なものは、私やっぱり筋読みだと思うんですな。作者の側でいうと、筋書き。
若い時、芥川筋なし派であった自分が、今ではすっかり谷崎筋あり派に鞍替えしとります。

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