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短編小説

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2023年12月の記事一覧

【短編小説】ヨッちゃん

【短編小説】ヨッちゃん

 僕らは敬意と愛情と恐怖を込めて、その人のことをヨッちゃんと呼んでいた。
 歳は三十過ぎ。背は1M75くらいでガッチリ体型。角刈りで、この時期は、下はニッカーボッカに上は茶色のジャンバー。いつも酔っ払っているかのような赤ら顔だった。大通りの駐車場で仁王立ちして、雄叫びを上げているときがある。相手はいない。道路の真ん中に立って、その先を睨みつけているときがある。前には誰もいない。僕らはその姿を見つけ

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【短編小説】かけ蕎麦

【短編小説】かけ蕎麦

 11時少し前に病室につくと、手術着の町田さんは、移動式の担架に乗せられたところだった。旦那さんの横から顔を見せる。
「いってこい」
そう言うと、
「ヨッちゃん。毎日ごめん」  
とゲンコツを出した。軽く俺のゲンコツと合わせてやる。
「約束、忘れんな」町田さんが言う。
「約束?」
「うどん屋さん」
「ああ」と思わず笑みが溢れる。「きっと連れてく」
「うん。楽しみ。じゃ、行ってくるね」
町田

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【短編小説】酔っ払い

【短編小説】酔っ払い

 千円札を握りしめて、夜の道を走った。駅に近づくにつれ、人通りが多くなる。通りを折れて路地に入ったところで走るのをやめた。目の前に赤提灯、縄のれんを潜って引き戸を開けた。大人たちの笑い声と煙草のにおい。カウンターの端に父ちゃんが突っ伏していた。
「おう。タツ坊か。ヤッさん。お迎えがきたよ」
飲み屋の親父さんが声をかける。でも、父ちゃんは眠ったままだった。
「おっさん。お迎えだってよ」
隣の男の人が

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【短編小説】ルリ子

【短編小説】ルリ子

「サッちゃん、やめるって、ほんとに?」
アコーディオン弾きのおっさんが目ん玉丸くする。そんな気がしてた俺は、まあ仕方ねぇかとポケットウィスキーを口に含む。
 田舎の安キャバレーの楽屋にいた。営業だった。といっても、舞台に出れるわけもない俺たちには、これが本業かもしれねえが。
「殺生やなぁ。決める前に、相談してえな」
「おっさん、アホか。お前に相談したかて、何とかなるか」
「なるかならんか、相談して

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【短編小説】まんが道・その1

【短編小説】まんが道・その1

「やまもとー。また漫画描きよるん」
いつものように、昼休みに漫画に没頭していると、いつものように幸子がからかいに来る。
「そうじゃ、読むか。読ましちゃる」
「いらんわ」
そう言いながらも、幸子はワシのノートを覗き込む。見ちゃれ見ちゃれ。ワシがデビューしたら、こんな生原稿なんぞ見れんぞ。ほれほれ。
「やまもとー。ほんまお前、絵が下手くそやなぁ」
「なにお」
「小学生でも、お前より上手いわ」
「描いた

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【短編小説】生活

【短編小説】生活

「健ちゃん。二種取れたんだって?」
「はい。お陰様で」
 この春の試験で、ようやっと電気工事士2種の資格がとれた。これで、屋内配線の工事も、電器製品の取り付けもできるようになった。時間はかかったが。
 運転席の義正さんは、大学が休みの間、親父さんの電器店を手伝っている。アルバイト代も出るらしい。親子といえども、そこはしっかりしている。
「幸子が言ってたぞ。随分勉強、頑張ったって」
「三年かかりまし

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