ハリウッド映画は長くなっているのか?問題
2020年代序盤、「アメリカ映画が長くなった」議論が活発化している。なにせ今年の大ヒット『THE BATMAN-ザ・バットマン-』は2時間55分。前年公開の大型お祭り映画『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』の2時間28分を超えていた。2021年は『エターナルズ』も『DUNE/デューン 砂の惑星』も『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』も、派手なアクションものではないドラマ映画『ハウス・オブ・グッチ』すら、2時間半を超えていた。2022年の今や、MCU新作『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』が2時間6分という情報が出ると「観客の膀胱に気を使ってくれている」と感謝される状況である。(今だと演劇、昔なら映画館でも挟まれていた)インターバル休憩を上映途中に入れたらどうかの議論も起こっている。
データいわく……長尺化は否
ということで、近ごろ「アメリカ映画が長くなった」と感じる人がかなり多い。じゃぁ実際、データはどうなのか。結論から言うと……特別長くなっていない。米国の興行収入トップ作品(多くが国内映画)をいろんな条件で比べても、1950年代以降大きな違いは見られないらしい。スクリーンメディア専門家もこれに同意している。実際『風と共に去りぬ』(1939)は約4時間だし『アラビアのロレンス』(1962)3時間42分、そして『ゴッドファーザー』(1972)『タイタニック』(1997)『ロード・オブ・ザ・リング』(2002)は約3時間と、長尺の名作映画は珍しくない。
ただまぁ、個人的には「長い映画が増えた」体感が強い。スケジュールとか身体の痛さとか、映画館鑑賞のハードルも高くなった。MCUなんかの「話題になりやすい/大勢の人が観に行った映画」に限れば上映時間が長くなっているのでは? これらは自宅で『イカゲーム』や『エルデンリング』を愉しむ消費者をわざわざ劇場にやってこさせることができる「劇場体験」ブロックバスターである。一方、ドラマや恋愛ジャンルは「話題になる劇場映画」率が減少。人気健在のアニメーションやホラーは短め……みたいな状況なのでは? などと巡らせていたら、BoxOfficeに取材したCNN記事が一番しっくりきた。
なぜ映画が長尺になりつづけているように感じるのか
CNN『なぜ映画が長尺になってっているように感じるのか』(2022)。要点をまとめる。
まず、映画が長くなっているとは断言できない。前出『風と共に去りぬ』等、20世紀のヒット映画やオスカー作品には3時間〜4時間級も珍しくない(公開作品群の一部ではあるものの)。ただし「最近の映画が長くなっている」体感は全て間違っているわけではなく、いくつか理由がある。
VHSの死
1960年代までの劇場映画は、TVへの対抗もあり、客を呼び込むための「大規模な叙事詩」長編を売っていた。しかし70年代からホームビデオが普及していったため「VHSにおさまる時間内」が映画製作の制限となった。1930〜60年代にかけて長くなっていた年間TOP25映画の尺は、VHSブームの1970〜85年にかけて短くなっている。
しかし、DVDやBlue-ray、そしてストリーム配信によってVHSが死亡。劇場映画制作において「短尺」の必要性が低まった。というわけで、VHSに慣れ親しんだ世代が「劇場映画はどんどん長くなっていっている」と感じるのは無理もない。
スーパーヒーロー来襲
現在の「映画が長くなっている」体感は、興行収入トップ映画の種類に由来している。1970〜90年代の人気映画はもっとバランスがとれていた。アクションの他にもSFやドラマ、コメディがあった。しかし、現在は成人向けオリジナルよりも、マーベルやDC、『DUNE』といった既存IP超大作ばかり。長尺化しやすい分野。
ターニングポイントは2時間42分の『アバター』(2009)。派手で視覚効果に富んだ超大作が、Netflixなどに対抗しうる「消費者が劇場に足を運ぶ劇場体験」だと証明した。そして、2時間23分の『アベンジャーズ』(2012)は、それまでスタンドアローンだったスーパーヒーロー映画の「クロスオーバー」化を成功させた(2020年代に入ると、この「クロスオーバー」は「マルチバース」へと進化?)。
これら「イベント映画」に多くのリソースが注ぎ込まれた一方、90分のホラー、100分のロマコメといった中予算映画はストリーミングに移行していった。中規模の劇場映画は減少。ヒット作はさらに少なくなっている。
劇場映画を短くするインセンティブがない
「映画長すぎ」の不満が増えているのに、結局、観客はそれを観に行っているし、最も収益性の高い映画は長編に偏る。これを証明したのが、3時間超えの『アベンジャーズ/エンドゲーム』(2019)。
成人向けドラマ映画の上流であるアカデミー賞ノミニーも長尺化していっている。スタジオも観客も、映画制作者(スター監督?)の「ビジョン」、創造的自由を許容している。コアな映画ファンは、評価が高く、話題になっていて、アワード候補になる作品なら、長尺でも喜んで鑑賞する。
これまで映画のランタイムを制約していた条件も消えつつある。小規模映画館/シングルスクリーンシアターの場合、映画が長いと上映回数と利益が減ってしまった。しかし、今はマルチプレックスが増えた。上映時間と上映回数はあまり問題にならない。需要があるなら同じ映画を複数のスクリーンで回せばいいし、レイトショーなど24時間体制で回していける
記事で取材に応えたAwardsWatch創始者は、映画の内容そのもの、ペースと編集に不満がある。長尺化にともない不必要な「脂肪」シーンが増えている、と。対して、Comscoreアナリストの言。「ひどい映画の場合、すべての時間が苦痛になる。素晴らしい映画なら、観客は"もっと観たく"なる」。
二時間映画は主流ではなくなる
ここまで「長尺IP超大作」の好条件が揃っているなら、劇場映画はどんどん長くなっていくのか? おそらく。『アベンジャーズ/エンドゲーム』共同監督ジョー・ルッソは、2018年時点で業界向けに語っていた。
余談
個人的に、映画館の環境変化の話に納得。日本でもシネコンが強い時代ですよね。「要らない脂肪シーン増えてる」不満に関しては、エピックな『エンドゲーム』が「ファンサービス」まみれでしたからねぇ。『ノーウェイホーム』にしても「(元来の映画作品としては余分だがシリーズファンの観客を喚起させる)ファンサービス」をところどころで感じました。また、自分で『エルデンリング』の話を出しましたが、3時間を贅沢につかって世界観に没入させる『ザ・バットマン』は(クリエイター側が意識してなくとも)ビデオゲーム的没入感をかもそうとしたような映画だなと。
よろこびます