見出し画像

【全文公開】キム・カーダシアン:有名なことで有名なインフルエンサー (『アメリカン・セレブリティーズ』より)

2020年4月30日発売の書籍『アメリカン・セレブリティーズ』より「キム・カーダシアン:有名なことで有名なインフルエンサー」全文試し読みとなります。Amazonでのご購入はこちら。

■Famous for being famous

(パリス・ヒルトンのアシスタント時代のキム)

キム・カーダシアンが有名になったとき、そのパブリックイメージは「低俗な恥知らず」だった。1980年ロサンゼルスの裕福な家庭に生まれた彼女はパリス・ヒルトンのアシスタントとしてマスメディアに登場したのち、2007年に歌手レイ・ジェイとのセックステープ流出によって一気に知名度を向上させた。その半年後、母クリスがプロデュースするリアリティ番組『カーダシアン家のお騒がせセレブライフ』の放送が開始される。あまりのタイミングの良さに「番組宣伝のために母親が娘のセックス映像を流出させた」疑惑も噴出したくらいだ。

2000年代、カーダシアンズは「名声のためならどんなことでも利用する恥知らずの一家」として有名になったのだ。無論、たくさんの人が彼女たちを見下げて悪口を言った。ただ、当時のアメリカに彼女たちの10年後を予想できた者は誰一人としていなかったかもしれない。2010年代も終わる頃、この一家は史上最年少級ビリオネア起業家を輩出し、大統領を動かす存在になったのだから。

(『カーダシアン家のお騒がせセレブライフ』10周年記念ビデオ)

リアリティ番組『カーダシアン家のお騒がせセレブライフ』の主役は、クリスの娘の5人姉妹だ。彼女たちの生物学的な父親は異なっており、コートニー、キム、クロエはカーダシアン姓、下2人のケンダルとカイリーはジェンナー姓である。番組では、リッチでセクシーな彼女たちのとんでもない生活が映されていく。カーダシアン&ジェンナー家は、名声、目立つことが大好きなのだ。有名なエピソードとして、飲酒運転の罰として命じられた清掃活動を行わなかった次女クロエが刑務所に向かう回がある。母子を乗せた車内には緊張が走るわけだが、ナルシストのキムは延々美しい自分の顔を携帯で撮りつづけている。そこで母が一喝。「キム、自分の写真を撮るのはやめてくれない!? あなたの妹は牢屋に向かってる最中なの!」いくらなんでもありえない無茶苦茶さだが、カーダシアンはこうした「軽薄な金持ち像」を売っていったのだ。話のオチとしては、キムに説教した母クリスは、クロエのマグショット(逮捕後に撮影される顔写真)を家に飾った。まさしく、目立つことが大好きな家族だ。

番組を主軸として、一家はゴシップメディアを騒がせつづけ、定期的に炎上することで話題をつくるサイクルを完成させた。予想外の人気を博した『カーダシアン家のお騒がせセレブライフ』はリアリティ番組の代名詞となり、姉妹それぞれの知名度もトップレベルとなる。しかしながら、いくら収入が増えようと世間の「低俗」イメージが変わったわけではない。キムを筆頭に、姉妹たちはこう呼ばれた。「有名なことで有名(Famous for being famous)」音楽や演技が得意なわけでもない、とにかく下世話な話題を量産して有名になった存在……そんなイメージが反映された侮蔑だ。

■セルフィーの女王

(キム・カーダシアンのセルフィー写真集『Selfish』)

「有名なことで有名」なキム・カーダシアンはセルフィーが大好きだ。前述した刑務所行きの車のエピソードはもちろんとして、自撮りのしすぎで腕を痛めてドクターストップがかかり、セルフィー専用アシスタントを雇ったこともある。2014年には、アメリカ初とされるセルフィー写真集を出版した。その名も『Selfish(セルフィッシュ)』である。わがままで目立ちたがり屋でナルシストな彼女がセレブ界きっての「セルフィーの女王」になったことはあまりに自然だった。出版にあたり、彼女は以下のように語っている。

「興味深いものは写真の発達プロセス。デジタルカメラで自撮りを始めて、ブラックベリーにかわって、スマートフォンに行き着いた。これがセルフィーの進化。私はこの変換を上手く捉えたと思う」

自ら主張するとおり、キムはテクノロジーの変化に上手く乗って「セルフィー女王」ブランドを築いた。以降、この時代を読む才覚は、莫大な利益を生んでいくこととなる。

■巨大なインフルエンサービジネス

(サッカー選手クリスティアーノ・ロナウドのスポンサード投稿)

2010年代、スターたちの収入源となったソーシャルメディアこそ、インフルエンサー・ビジネスの狩り場、Instagramである。企業に頼まれるかたちで商品を宣伝して報酬をもらうスポンサード投稿ビジネスは、アカウントを開設するだけで大量のフォロワーを獲得できるセレブたちにとって楽に稼げる仕事だった。ハリウッドのトップ俳優ドウェイン・ジョンソンやベテラン歌手ジェニファー・ロペス、スーパーモデルのナオミ・キャンベル、サッカー選手リオネル・メッシなど、正真正銘のトップスターたちすらこの仕事に手を染めている。それでも、トップをひた走る存在はカーダシアン&ジェンナー姉妹だ。

(美容サプリを宣伝するカイリー・ジェンナーのスポンサード投稿)

「セルフィー女王」キムと、ティーンのカリスマ的存在であった五女カイリーは、ソーシャルメディアにおいて2010年代を通して屈指のエンゲージメント率を保ちつづけている。強さの理由のひとつは、裕福でセクシーなカーダシアン家のような存在になりたいファンが膨大にいること。加えて、彼女たちが「有名」なことにある。話題をつくりつづける姉妹たちのニュースは常時メディアのトップを飾るため、いつなんどきも注目度が高い。広告価値は莫大だ。2010年代半ばには、ビヨンセやクリスティアーノ・ロナウドなど「一流スター」とされる人々も、Instagramマーケットではゴシップ女王カーダシアンに敵わないとされた。「有名なことで有名」という言葉は、2010年代の初頭には侮蔑として機能していた。しかしながら、ソーシャルメディアの普及とともに台頭したインフルエンサー・マーケティングでは「有名であること」がとてつもない商品価値にすげかわったのである。

■インフルエンサーのステルス・マーケティング

輝かしいインフルエンサー・マーケティングの虚構を知らしめたのもまたカーダシアンだ。きっかけのひとつに、2017年春に起こったFyreフェスティバル事件がある。これは「バハマで行われるラグジュアリー音楽フェスティバル」として喧伝されたイベントだったが、それらの宣伝は虚偽で、現場はそれはもう悲惨な状況だった。参加アクトとされたミュージシャンがいないどころか、更地に粗末なテントとロッカーが設置されているだけ。飛行機代込みで何十万円もの参加費を払ったリッチな若者の多くが寝る場所もないまま島に置き去りにされてしまったのである。

(Fyreフェスティバル騒動を追うNetflixドキュメンタリー予告編)

さて、参加者たちは何故このイベントに大金を支払ったのだろうか? その背景にはインフルエンサー・マーケティングがある。Instagramで絶大な影響力を誇る人気モデルたちが一斉にこのフェスティバルを宣伝していたのだ。そのなかにはカーダシアン&ジェンナー姉妹の四女ケンダルがいた。モデルとして活躍する彼女は、当時ChanelやFENDI等の一流ブランドの広告塔を務めていた。そんなトップモデルが「孤島に置き去りにされる高額イベント」をファンに売りつけるなど、誰が想像できるだろうか? Fyre運営はケンダルに約2500万円のスポンサード報酬を支払ったとされるが、彼女含むモデルのほとんどが投稿に広告表記をしないステルス・マーケティングを行っていた。そのため、彼女たちもフェスに来場すると勘違いした参加者も多かったはずだ。

この事件のあと、アメリカの連邦取引委員会はインフルエンサー・マーケティングの取り締まりを強化し、広告表記なしにスポンサード投稿を行っているセレブリティに警告状を送付していった。その筆頭はもちろんカーダシアン家だ。姉妹たちは急いで何十件ものステルス・マーケティング投稿を削除。評判を下げたInstagramはスポンサード記載機能を搭載することとなった。

■肥大しつづけるインフルエンサービジネス

ソーシャルメディアはセレブリティを身近な存在にした。2010年代アメリカで「身近なスター」像が人気になった要因もソーシャルメディアとされる(『BTS』章参照)。カーダシアン&ジェンナー姉妹の売りもここにある。彼女たちは生まれつきお金持ちな美人だが、美意識の高い人々が「真似できる」と思えるイメージも持ち合わせているのだ(余談だが、Instagramには「カーダシアンのそっくりさん」という一大ジャンルがあり、このコミュニティを代表する「超そっくりさん」も高額スポンサード報酬にありついている)。

(キム・カーダシアンのそっくりさんを起用したキムの夫カニエ・ウェストによるYeezy広告)

カイリーは10代にして美容整形経験も告白している。キムは「ソーシャルメディアの投稿はすべて自分で行っている」と主張しており、ファンとの交流も欠かさない。そんな彼女たちが、ファンに嘘をつき大金を稼いでいたのだ。ケンダルの友人モデル、ヘイリー・ビーバーが笑いながらこんな話をしたこともある。「Instagramに好きなものを載せるとエージェントに怒られるの。〝スポンサード投稿が儲かるのになんで好きなものなんか載せるんだ!〟って」普及当初「セレブとファンを本心でつなぐ場所」ともてはやされたソーシャルメディアは、すっかりビジネスの場と化していた。

「セレブの嘘」が露見したあともインフルエンサー・マーケティング市場は拡大していった。むしろこの詐欺イベントがマーケティング効果を知らしめる契機となったのだ。事実、カーダシアン&ジェンナー姉妹の推定スポンサード報酬は2017年後も増加の一途をたどる。Fyre騒動でまともな謝罪対応をせずバッシングされたケンダルは、同年「最も稼ぐモデル」に君臨し、翌年もナンバーワンを保ち25億円ほど稼いだ。キムとカイリーに至っては、2019年、一投稿の値段が1億円に到達している。Instagramには、インフルエンサーを夢見るユーザーがたくさん存在している。言い換えれば「有名なことで有名」になりたい人々の欲望が溢れている。

■21歳の億万長者

(キムとカイリーのビューティーブランドのコラボ広告)

インフルエンサー・マーケティングの価値と魅力、そして虚偽すらも象徴するカーダシアン&ジェンナー姉妹は、事業を興すことで同分野の開拓も達成している。まず、カイリーが2015年にコスメティック・ブランドKylie Beautyを発足。2年後キムもKKW BEAUTYを始めている。ビジネスとしてのポイントは、店頭販売も屋外広告も行わなかったことにある。開始当初は通信販売のみ、プロモーションの場所は自身のソーシャルメディアだった。姉妹それぞれのInstagramには1億以上のフォロワーがついている。オリジナル化粧品はリリースとともに即完売した。この「有名であること」を存分に活かしたローコスト・ハイリターンなビジネスモデルは巨額の富を生み出した。KKW BEAUTY創業1年でキムの純資産は400億円に膨れ上がっている。カイリーに至っては、FacebookのCEOマーク・ザッカーバーグの記録を破り「史上最年少の叩き上げビリオネア」レコードを樹立。「叩き上げ(Self-Made)」かどうかはともかく、1997年生まれのInstagramのカリスマは、そのインフルエンスを活用し、21歳にして1000億円を超える純資産を手にしたのだ。

カーダシアン&ジェンナー姉妹は「有名なことで有名」という侮蔑をビリオン級のビジネスモデルに錬金してみせた。知名度のみならず資産でもエンターテイメント界最高峰に立ってみせた彼女たちは、ソーシャルメディア上のインフルエンスが重要となった2010年代セレブリティ・カルチャーの象徴と言っていいだろう。

■リアリティショーからホワイトハウスへ

リアリティショーとソーシャルメディア・ビジネスを制したキム・カーダシアンの次なる道はホワイトハウスだ。2018年、アメリカ社会を蝕むアフリカ系アメリカ人の大量投獄問題に関心を持った彼女は、自らのコネクションを用いてドナルド・トランプ大統領に直談判してみせた。プレジデントから恩赦を引き出したことで対象の囚人を減刑に導いたのちもホワイトハウスを訪問、大統領の横でスピーチまで行った。これ自体は真面目な社会活動だったわけだが、世間では称賛以外のリアクションも生まれた。10年ちょっと前は「セックステープで成り上がった恥知らず」だったリアリティショー・スターが、大統領を動かしホワイトハウスで演説するまでの存在になった。まるでタチの悪いコメディ……というわけだ。

実は、キムの夫、これまた話題つづきのお騒がせラッパー、カニエ・ウェストは、たびたび大統領選挙の出馬を表明している。カーダシアン一家がここまでの存在になったのならば、本当にキムとカニエがホワイトハウスにのぼりつめる日が来るかもしれない……馬鹿げた妄想と思うだろうか? でも、政治経験なしで第45代アメリカ合衆国大統領となったドナルド・ジョン・トランプは、元々テレビ番組『アプレンティス』(2004〜2017年)で有名になったリアリティ番組スターだ。

書籍『アメリカン・セレブリティーズ』

4月30日発売
定価1700円+税
四六判並製/1C/296ページ
ISBN978-4-905158-75-2
ハリウッドスター・ラッパー・ポップシンガー・政治家・インフルエンサー…… アメリカのセレブリティは、世界の政治や経済を動かすほどの巨大な影響力を持っている。その背景には、カルチャー、政治、ソーシャルメディアなどが複雑に絡み合った「アメリカという社会の仕組み(と、その歪み)」がある。気鋭のセレブリティ・ウォッチャー/ライター辰巳JUNKが、世界を席巻する20組のセレブリティを考察し、その謎を解き明かす!

よろこびます