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『アメリカン・マーダー』インターネットに歪められた犯人像

 Netflix USでナンバーワン人気を記録した2018年フロリダで起こった有名事件を追うドキュメンタリー『アメリカン・マーダー(American Murder: The Family Next Door)』。犯人、犯行について明かされた後日談を最後のほうに載せています。

 平和な一家の母子が行方不明になったことから始まるこのドキュメンタリーの特徴は、事件発生前後を再現する映像&データ情報の豊富さ。警察の記録とメディア報道以外にも、関係者のメッセージ履歴、そして妻のFacebook投稿データが膨大に使われています。そのため、視聴者は事件のなりゆきを監視カメラごしに覗いてるような感覚に陥るのです。もちろん、データ提供を許可した被害者遺族の協力あってのことなのですが、ソーシャルメディアがある今は本当に個人個人が情報化社会に生きてるのだなと改めて実感できて、もうそこから怖いです。ちなみに、このリアルなデータ量ゆえ、バイラルヒットNetflixドキュメンタリーにありがちな煽りまくりの過激演出は比較的目立ちません(この過激演出にまつわる議論に関しては『監視資本主義』コラム『白昼の誘拐劇』記事参照)。

【以下、ネタバレ】

 リアルタイム追跡(感覚)を重視する構成上、作品自体のメッセージ(家庭内殺人・暴力問題)が明かされるのも、最後の最後です。

 この特性上、「深く説明されなかった事情」も存在します。このワッツ家殺人事件が2018年当時の米国で話題になった原因には「妻のFacebook投稿郡」があったのです。この事件に関心を持ったインターネットユーザーたちは、彼女の投稿を見て、あれこれ議論をしまくった。それはクリストファー・ワッツに終身刑が下されたあとも続いていました。なかでも話題にされたのが「SNSで夫を貶しまくる妻」のイメージ。ドキュメンタリーにも登場する、夫の不幸や失敗を嘲笑ったり責めたりする内容が取り沙汰されたのです。「夫が料理に失敗した」「彼が間違えて洗剤を飲んだ」「ベッドのスペースを開けてやらなかった」「クリスマスカードを50枚買ったから夫は50回封筒を舐めなければいけない」……。こうしたポストが拡散されたことで、被害者とその遺族へのバッシングが起こったことがうかがえます。今検索しても「暴虐な妻にイジめられつづけて(衝動的に)反撃した(可哀想な)夫」像を示唆するような記事や書き込みが見つかったりするので。この騒動を踏まえると、遺族が協力した『アメリカン・マーダー』が最後に訴える「計画的な」家庭内殺人にまつわる情報と警鐘がより重くのしかかるのではないでしょうか。

 もちろん、更に大きい事件への反応は「ソーシャルメディアの虚構」にまつわるもの。常日頃からよく言われる「SNS上で喧伝される"幸福な人生"なんてまやかし」説が知らしめられた事件でもあったのです。

 2018年当時の記事。元FBIプロファイラーのメアリー・エレン・オトゥールいわく、ソーシャルメディア投稿も調査されるとのこと。FBI時代には「完璧な家族、結婚生活を送っているように見えていた人々」にまつわる事件が沢山あったし、円満に見えても家庭内で何が起こっているかはわからない、と。この取材で恐ろしいのは、クリストファー・ワッツにしても、調査が進むにつれ色々わかっているだろう、と予想されていること。「30歳や40歳になって唐突に(凶悪犯として)覚醒することはない。個人的な考えだが、冷酷さや共感性の欠如、利己主義といった類のパーソナリティが表面化していくはずだ」。少なくとも一人の専門家は、インターネットの一部で支持された「暴虐な妻にイジめられつづけて反撃した可哀想な夫」とはまったくもって異なる人物像を想定しているのです。

 そして、クリストファー・ワッツが獄中で書いた手紙を見ると、元FBIプロファイラーたるオトゥールの推測のほうが近かったかもしれません(この手紙を掲載したのは英タブロイドのDailyMailで、これをもとにした本も評判が悪いのですが……)。クリストファーは、事件の数週間前から妻の殺害を考えていたし、彼女を流産させるために強力な鎮静剤オキシコドンを投与したこともあったと告白したそう。「シャナンが妊娠さえしていなければ(不倫相手の)ニコールと簡単に一緒になれると思っていた」。犯行前夜、娘たちを寝かしつけた時に殺害を決心して「もう赤ん坊を寝かしつけるのも最後だ」と思ったと語られています。また、子どもたちが起きてしまったため、妻子ともにベッドで殺害する計画を変更したというのです。つまるところ、ワッツ家殺人事件は計画的な犯罪だったのです。そのため、『アメリカン・マーダー』の最後に発信される「このような犯罪はほぼすべて計画的」という情報は、クリストファー・ワッツにも当てはまるのです。加えて、被害者のソーシャルメディア投稿を見て彼を「衝動的に反撃してしまった可哀想な夫」のように語った人々こそ「インターネットの情報は当てにならないこと」を表しているのではないでしょうか。

アメリカでは毎日3人の女性が現在または過去のパートナーに殺されています 子どもやパートナーを殺す親は主に男性です このような犯罪はほぼすべて計画的なものです ズーチェック家のご協力に感謝致します (『アメリカン・マーダー: 一家殺害事件の実録』より)

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