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『イカゲーム』考察:韓国経済とキリスト教

 前代未聞のグローバルヒット、Netflix韓国ドラマ『イカゲーム』ですが……ポイントとして『パラサイト 半地下の家族』と同じく、ローカル文化を濃く描きながら「地獄の経済格差」が国際的に共振されるスルーラインとなっております。で、この経済格差と同様に強調されるのが、皮肉的なキリスト教ネタ。「この世は地獄」系なハード韓国映画でもお馴染みなソウルのネオン十字架も登場(こういう赤いネオン十字架は、ソウルに何個もあるそう)。

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 韓国の宗教事情についてはまったく詳しくないのですが、英語で軽く調べると、キリスト教と韓国経済の関連が注目されていました。そんな信用度高くないですが、興味深いのでメモしておきます。また、具体的な考察もちょっと紹介してますが、ネタバレになるので最後のほうに。。

韓国経済と「繁栄」プロテスタント

 前提として、韓国はキリスト教徒が結構多い国とされます。よく英語圏で引用されるピュー研究所調査では、大雑把に無宗教5割、仏教2割、キリスト教3割ほど。つまりキリスト教が最大級宗派なのですが、なかでも多いのはプロテスタント。しかも19世紀ごろから増えていった流れなので、東アジアでも珍しくキリスト教宣教が成功された国とされます。日本の植民地支配への抵抗としても強く機能したそう。

 『イカゲーム』的に重要なのが、とくに朝鮮戦争後の高度経済成長期、いわゆる「漢江の奇跡」のもと「アメリカ式の福音派プロテスタントの労働倫理」と「富の繁栄」が結びつけられていったらしいこと。急速な工業化、それに伴う上京者増加によって、宗教コミュニティの需要も増えていき、メガチャーチも大盛況になっていきました。

「キリスト教、プロテスタントのイデオロギーは、大抵"貧しきキリスト教徒はキリスト教徒ではない"というものです」。慶熙大学校のソン教授は語る。神は、民、そして韓国が豊かになることを望んでいる……これがシャーマニズムの影響によって普及している思考だ。多くのキリスト教徒が、韓国の急速な経済繁栄は神の御業だと考えている (https://thediplomat.com/2016/04/christianity-and-korea/ )

 しかしですね、「繁栄の象徴」とされたプロテスタントは、それゆえの反感もかなり買っているようです。特に経済成長後の格差の拡大、90年代アジア金融危機を通して、保守派政治家や財閥とも関係ある指導者たちの非課税な贅沢ライフスタイル、そして巨額の汚職事件が不信を買っていったとか……。キリスト教とひとえに言ってもカルトだと批判されてる団体も多いわけですが、新型コロナウイルス危機でも教会による感染拡大が起こってたりしてましたよね。で、その謝罪会見で、前大統領のサインが刻印された金の腕時計が注目を浴びた件からしても、嫌われる金満オーラを察せる感じという……。とくに若者のプロテスタント信者が少なく、高齢化が進んでいるそうです。
 こうした背景を踏まえると、2000年代のグローバル自動車企業大量解雇によるストライキも挿入した『イカゲーム』でキリスト教がフォーカスされたことが自然に思えてくるわけです。大量解雇とストライキのトラウマを抱える主人公自体が、最初から怪しい人物をキリスト教系の勧誘と考えるくらいに嫌悪感を抱いてますし。劇中では苦渋を強いられる登場人物たちの上空にそびえたつ高層ビルが映されますが、これは経済格差のメタファーだろうし、印象的に映される教会のネオン十字架もそのニュアンスが入ってるかもしれません。「神などいない」、無情な世界観を押し出す作品ですしね。

(以下、フィナーレに関するネタバレ考察紹介)

神とイエス・キリスト

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 おじいちゃんことイムナルが001、主人公ソン・ギフンが456番。「最初」と「最後」の参加者なのですが、これはキリスト教におけるアルファとオメガではないか?と考察されています

聖書では、アルファ(Α)とオメガ(Ω)は、万物の最初と最後を意味し、永遠の存在者である神とイエス・キリストを指します。 (https://www.pauline.or.jp/chripedia/mame_a-omega.php)

 つまるところ、イムナルが「神」で主人公が「神の子イエス・キリスト」なのではないか、と。おじいちゃんの場合、人類にひどいこと(試練)を与えまくる旧約聖書の神、つまりは人類の善性を問いかけるゲームマスター。最終話、高層ビルから地上を見下ろすイムナルは人類を試練を与える神のようですし、イエス・キリストが誕生するクリスマスに亡くなる。そして、直接的にイエス・キリストのような容貌をした主人公がイムナルに対して不条理と怒りをぶつける構図は、十字架に磔にされたイエスによる「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ(わが神、わが神、どうして私を見捨てられたのですか!)」の叫びのよう。後日髪を染めて姿を一新するのは「三日目の復活」ぽさもあります。彼がゲームの運営側に回る展開も考えられますしね。加えて、イムナルが語る息子の誕生日うんぬんは、第一話で銀行口座パスワードとして入力された主人公の誕生日と近いらしく、そのまま神とイエス=父と息子の関係のにおわせじゃないか?など(生物学的親子ってわけでなく、聖書メタファーとして)。

 また、主人公の幼馴染サンウはイエス・キリストを裏切るユダのポジションとも考察されています。裏切りの罪悪感によって自死する最後なので。

 ちなみに、主人公のナンバー「456」自体はキリスト教とは関係ないみたいです。監督いわく、まず賞金額を現実的なものにしたかったため、宝くじの当選最高額を調べたら400億だったから同額程度に。そして「456」は10個の数字の真ん中だから覚えやすいだろう……みたいな由来らしいです。

自己犠牲と乾いたロマンス

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 『イカゲーム』において、最もキリスト教を批判するのは、牧師を父に持つジヨンでしょう。保守的信仰が孕む家父長制や性差別にも敏感な感じです。

 しかしながら、このジヨンこそ最も「キリスト教の美徳」である自己犠牲を象徴している、とも指摘されています。つまるところ、「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない」(ヨハネによる福音書』15章13節)。

 ちなみに『イカゲーム』の監督ってここ6年くらい交際してないらしく、だから恋愛ものの作品にもあまり興味がない、と語っているのですが、日本漫画&アニメに造詣深い面も含めて、ジヨンとセビョクの「「圧倒的関係性」」バイブなんかわかるな……と思いました。

 そのほかにも、シングルマザーのミニョ→ギャングのドクスの設定も興味深いんですよね。ミニョは身体的に弱い女性だから、ドクスに性を売らないと生き抜けない。そのつらい現実を認めたくないがゆえに、彼への感情を恋愛のように誤認している……みたいな話らしいです。この二人を含めて『イカゲーム』の性愛ってあまりポジティブじゃなくて、むしろ乾いているんですよね。一方、親子関係はエモーショナル(ただし絶望展開行きばかり)なのですが。

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