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遼州戦記 墓守の少女 従軍記者の日記 31
東和の偵察機の映像を傍受していた吉田はその意味を理解していた。それは電子信号に過ぎないが彼には映像化してそれを認識する必要は無かった。二進法のコードが脳髄に達すればそれだけで状況を把握するには十分だった。
「突っ込んできたクロームナイトのパイロット。ナンバルゲニア・シャムラードって言ったか?馬鹿じゃねえみたいだな。それとも遼南の七騎士の記憶が蘇ったか?」
自然と吉田の頬が緩む。東和の偵察
遼州戦記 墓守の少女 従軍記者の日記 30
『戦闘中の共和軍、人民軍所属特機パイロットに告ぐ!貴君等は東都声明に規定された飛行禁止区域内での空中戦闘行為の禁止の事項に抵触する行動をしている。速やかに機体を停止させ、着陸して指示を待ちなさい!さもなくば……』
シャムが上昇して逃げようとする最後のM5のバックパックをサーベルで切り落とした時、モニターにヘルメット姿の東和空軍の重武装攻撃機からの警告が入った。
「シャム!その場で着地。その
遼州戦記 墓守の少女 従軍記者の日記 29
「こりゃあずいぶんとやるもんだなあ」
吉田はまだ北兼共和軍南部基地を出ていなかった。灰色の機体が彼の目の前に聳えていた。最新鋭遼南兵器工廠謹製のホーンシリーズをベースにして、吉田の要請に沿った形でカスタムをくわえた、アサルト・モジュール『キュマイラ』。そのエンジンにはすでに火が入っていた。
上空で戦況を観察している東和空軍の偵察機の情報も、進軍を続けている嵯峨の遊撃隊の本隊の画像も吉田の
遼州戦記 墓守の少女 従軍記者の日記 28
「寝付けなかったんですか?」
本部に入るクリスの顔を覗き込むようにしてキーラが声をかけてきた。彼女の頬ににじむ油にクリスはかすかな笑みを浮かべて応えた。
「君こそ夕べは徹夜だったみたいじゃないか」
まだ日は昇らない深夜一時。ハンガーは煌々と明かりが照らされている。
「私達の任務はこれからしばらくは待機ですから。それよりシャムちゃんの後部座席に乗るんじゃないですか?結構あの子、無茶す
遼州戦記 墓守の少女 従軍記者の日記 27
爆発音が響いたのはまだ嵯峨達がトラックの荷台で座っている時だった。すでに銃声は町中のいたるところで発せられていた。混乱する共和軍の警戒網を通り過ぎるのはあまりにも容易く、刀の柄を握る焼酎の染みた嵯峨の手に力が入ることは無かった。
そのまま警備隊を蹴散らして市役所の庁舎に繋がる市議会議場の車止めに停まったトラック。市庁舎から飛び出してきた共和軍の兵士達がすぐさまこれを止めようと駆け寄るが、鈍い
遼州戦記 墓守の少女 従軍記者の日記 26
北兼台地南部基地。アサルト・モジュールの格納庫の前では慌しげに出撃待機状態に移行するべく、整備員達が走り回っていた。それを隊長室から眺める吉田の口元には笑みが浮かんでいた。いつものようにガムを噛み、時折それを膨らまして見せながら副官の報告を聞いていた。しかし、それはどれも吉田にとっては既知の話ばかりだった。
吉田の通信デバイスの塊である脳は常に各軍の諜報機関のデータベースに直結している。西部
遼州戦記 墓守の少女 従軍記者の日記 25
「入るよ」
そう言いながらクリスは一つの廃屋の崩れかけた扉を開いた。その中にはシャムと熊太郎が寄り添うように座っていた。天井は崩れ、空が見える。シャムはそんな空を見上げるわけでもなく呆然とただ座っていた。
「どうしたんだ。元気が無いじゃないか?」
そう言うクリスに向けて笑いかけてくる笑顔が痛々しく感じて、彼は思わず天を見上げた。次第に夕焼け色に染まり始めた空が、崩れた屋根の合い間から
遼州戦記 墓守の少女 従軍記者の日記 24
北兼台地第三の都市、賀谷市(かたにし)。廃ビルの中で嵯峨は目の前のプロジェクターに映る情報を追っていた。
「ゲリラの方々の協力に感謝と言うところだねえ」
そう言って暗がりの中で若い抜けたような表情の将校がタバコに火を点す。
「主力は現在、賀谷南部の鉱山地区の警戒に出動中。さらに二時間後には空港で原因不明の爆発が起こる予定になってます」
楠木のその言葉に、判ったとでも言うように左手
遼州戦記 墓守の少女 従軍記者の日記 23
本部は主を失ったと言うのに変わらぬ忙しさだった。事務員達はモニターに映る北兼軍本隊のオペレーターに罵声を浴びせかけ。あわただしく主計将校が難民に支給した物資の伝票の確認を行っている。
「要人略取戦……いいところに目をつけたな」
カリカリとした本部の雰囲気に気おされそうになるクリスにそう言ったのはカメラを肩から提げたハワードだった。
「すべては予定の上だったんだろうな、多少の修正があった
遼州戦記 墓守の少女 従軍記者の日記 22
ゲリラが去り、難民が去った本部前のテントは手の空いた歩兵部隊と工兵部隊の手でたたまれている最中だった。
「元気だねえ!」
「今度、あんぱんあげるからな!」
シャムを見つけた兵士達が声をかけるのに笑顔で手を振って答えるシャム。
「人気者だね」
「まあ、これが人望と言うものだよ……うん」
シャムは腕組みをして頷いている。おそらく誰かに吹き込まれたのだろう。笑顔のシャムを熊太郎
遼州戦記 墓守の少女 従軍記者の日記 21
嵯峨が立ったまま目の前のワインを飲んでいる老人に頭をかいて照れ笑いを浮かべているのが見えた。その老人のとなりに点滴のチューブがあるのを見てクリスはその老人が無理を押して嵯峨を尋ねた人物であると察しがついた。近づいていくクリスの視界に映ったその横顔を見ただけでそれが誰かを知った。
「ダワイラ・マケイ主席……」
握った手に汗がまとわり付く。意外な人物の登場にクリスは面食らっていた。
「やあ
遼州戦記 墓守の少女 従軍記者の日記 20
「起きてください!クリスさん!」
ドアを叩く音、そしてキーラの甲高い声が部屋に響く。起き上がったクリスは隣のベッドにはまだハワードは戻ってきていないことを確認した。昨日の一件を記事にまとめて、そのままシャムとキーラの二人と雑談をしたあと、難民が現れたら起こしてくれるよう頼んでクリスは仮眠を取っていた。
「ああ、ありがとう。来たんだね」
クリスはいつものように防弾ベストを着込むとドアを
遼州戦記 墓守の少女 従軍記者の日記 19
バルガス・エスコバルは北兼南部基地司令室から出て大きくため息をついた。直後に一発の銃声が響き、ドアの前に立っていた警備兵が部屋に駆け込んでいくのを落ち着いた様子で見守っていた。
「ずいぶんとわかりやすい責任のとらせかたですねえ」
エスコバルの顔が声を発した共和軍の制服を来た青年士官の方に向く。
「怖い顔することは無いんじゃないですか?新しいクライアントさんですから。それなりの働きを見せ
遼州戦記 墓守の少女 従軍記者の日記 18
「それでは私も基地まで同行させてもらいますよ」
「ええ、どうぞどうぞ」
シンの言葉に嵯峨はそう返す。そんな姿を見ながら翻すようにシャレードに乗り込む。
「実直な好青年ですねえ。うちの餓鬼の婿にでも欲しいくらいだ」
そう言うと嵯峨はタバコをくわえながら黒い愛機に乗り込む。クリスもせかされるように後部座席に座った。
「なにか言いたいことがありそうですね、ホプキンスさん」
嵯
遼州戦記 墓守の少女 従軍記者の日記 17
「そんじゃあ、出ますよ」
嵯峨はそう言うと包囲している共和軍兵士達に手を振りながらコックピットハッチと装甲板を下ろした。全周囲モニターがあたりの光景を照らし出す。そんな中、クリスの視線は検問所の難民の群れを捉えた。水の配給が開始されたことで、混乱はとりあえず収束に向かっているように見えた。
「じゃあ、行きましょうか」
そう言うと嵯峨は四式のパルスエンジンに火を入れる。ゆっくりと機体は
遼州戦記 墓守の少女 従軍記者の日記 16
格納庫の隣の休憩室のようなところにクリスは通された。物々しい警備兵達の鋭い視線が突き刺さる。
「会談終了までここで待っていただきます。そこ!お茶でも入れたらどうだ!」
伍長はぼんやりとクリスを眺めている白いつなぎを着た整備兵を怒鳴りつける。明らかに士気が低い。クリスが最初に感じたのはそんなことだった。
共和軍は北天包囲戦での敗北から、北兼軍閥との西兼の戦いでも魔女機甲隊に足止めを食ら