遼州戦記 墓守の少女 従軍記者の日記 24

 北兼台地第三の都市、賀谷市(かたにし)。廃ビルの中で嵯峨は目の前のプロジェクターに映る情報を追っていた。

「ゲリラの方々の協力に感謝と言うところだねえ」 

 そう言って暗がりの中で若い抜けたような表情の将校がタバコに火を点す。

「主力は現在、賀谷南部の鉱山地区の警戒に出動中。さらに二時間後には空港で原因不明の爆発が起こる予定になってます」 

 楠木のその言葉に、判ったとでも言うように左手を上げるタバコを吸う男、嵯峨。

「各ポイントの制圧状況はどうだ?」 

 その言葉を待っていたかのように黒い戦闘服の男がプロジェクターの画面を切り替える。賀谷市中心部の建物をあらわす地図の交差点の近くのすべてのビルに印があった。

「このように現在すべての中佐の指定した地点は制圧完了しています」 

 そう報告する黒い服の男の表情は硬い。清掃員やカップルを装い監視している彼の同志達を思いながら複雑な表情で彼のすべてを捧げた悪党の顔を見上げた。

「いつでも準備はできているわけですよ」 

 そう言うと賀谷市役所を示す地図を拡大して見せる楠木。だがその言葉に嵯峨は苦虫を噛み潰したような表情を変えることは無かった。

「バレンシア機関の動きはどうなんだ?」 

 嵯峨の言葉に楠木と黒い戦闘服の男は顔を見合わせた。

「制服着た兵隊が市役所20名ほど確認されています。その他、直接市役所を攻撃可能なビルに私服の連中が張り付いてますよ」 

 楠木のその言葉を聞きながら、嵯峨は頭を掻いた。

「あまりに教科書どおり過ぎるねえ。下水や手前の川にもまず間違いなく戦力を割いてきているはずだ。それに……」 

「そちらも計算に入ってますよ。祭りが始まると同時にガスを使う予定です」 

 楠木の言葉に一瞬表情を曇らせた嵯峨だが、すぐにいつものようなせせら笑うような表情を浮かべた。

「マスタードガスか。俺達には似合いの汚い作戦だな」 

 そう言うと再びタバコを口にくわえた。マスタードガス。非人道兵器として二十世紀後半には禁止された毒ガスだが、嵯峨は先の大戦では何度と無く使用した経験のある毒ガスだった。浮ついたような笑みを一度浮かべたあと、嵯峨の表情が決意を秘めたものへと変わる。それまでの彼と今の彼のつながりを見つけること。長く彼の副官を勤めてきた楠木にもそれは出来ない話だった。

「それじゃあ各隊員に伝達しろ、状況を開始する」 

 嵯峨はそう言うと腰に下げていた朱塗りの太刀を握り締める。黒い戦闘服を着た男はそのまま出て行った。

「楠木。これ以上お前が悪名を背負う必要は無いんだぜ」 

 くわえたタバコをくゆらせる嵯峨に、笑顔で答えたのは楠木だった。

「今更善人になんてなれませんよ。それにこう言う戦い方をあなたに教えたのは俺ですからねえ」

 楠木の笑みに嵯峨はさめたように詰めたい表情に変わる。

「そうだな。お互いあの世では極楽には行けそうには無いな」 

「まったく……」 

 楠木の含み笑いでようやく納得したように嵯峨は刀を手に部下達について歩き始めた。

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