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厚労省科研費で「THCのがん性疼痛緩和が臨床試験に向けて研究されていた」2011年、国立がん研究センター研究者ら

あまり知られていませんが、2009年度から2011年度にかけて厚生労働科学研究費補助金によって実施された国立がん研究センターの研究者らによる研究では、合成THC(ドロナビノール)をがんの痛みの新しい治療薬として実用化するための臨床試験に向けた動物実験が行われていました。「がん性疼痛などの緩和のための病態生理に基づいた新たな治療法の開発」と題するこの研究では、モルヒネなどのオピオイド鎮痛薬では十分な効果が得られないがん患者さんの痛みの新しい治療薬として、合成THC(ドロナビノール)の臨床応用が検討されていたようです。

日本では大麻の臨床試験は大麻取締法第四条によって禁止されていますが、合成THCは麻薬及び向精神薬取締法の規制対象であるため、麻薬研究者の免許で臨床試験を行うことができます。

研究報告書[1]では

結果と考察:
”疼痛下ではドロナビノールはモルヒネの併用による鎮痛耐性はほとんど形成されず、モルヒネにより誘発される精神依存を有意に抑制することから、ドロナビノールをがん疼痛治療薬として導入する基礎的な検討を終えた。”

結論:
“基礎研究の成果は、今後の臨床試験の実施にあたって有用性が高い。リドカインやケタミン、ドロナビノール等の新規治療薬についても臨床応用が可能な段階にきている。”

と報告されていますが、多額の費用を投じて研究を行い、合成THCドロナビノールについて、”臨床応用が可能な成果が得られ臨床試験につながる”と考えられたにもかかわらず、なぜかその後の臨床試験には着手されなかったようです。

この研究には、「疼痛下におけるドロナビノールの精神依存と耐性形成抑制の解明 」[2]の分担研究者としてWHO(世界保健機関)ECDD(薬物依存専門家委員会)委員も務められた星薬科大学薬学部 鈴木 勉教授が参加され、重要な役割を果たしておられます。そこでは、

“米国では合成大麻成分のドロナビノール (合成△9-テトラヒドロカンナビノール:THC)はマリノールとして販売されており、末期エイズ患者の食欲増進やがんの化学療法に伴う吐き気の緩和のために処方されている。”

と報告されており、前回の記事でもお伝えしたとおり、ここでもまた

“世界保健機関(WHO)は医療目的での大麻使用について有効であるとの見解を示していないことや、化学合成したカンナビノイド(大麻成分の総称)は麻薬研究者免許を取得すれば日本で創薬に向けた研究が可能であり、海外でも研究が行われているものの、日本のみならず海外でも実用化には至っていない” 「Web医事新報 日本医事新報社(2016年11月12日発行)」[3]

と紹介したと報道されている2016年に厚労省省内で開催された大麻に関する記者勉強会での当時の厚生労働省医薬・生活衛生局の伊澤知法監視指導・麻薬対策課長の見解と食い違っていることがわかります。当時の麻薬対策課長は厚労省科研費による研究の内容や世界の現状をご存知なかったのでしょうか?それとも何かの間違いなのでしょうか?

鈴木 勉教授は、WHOが大麻は一度もECDDによる正式な評価の対象となっていないことを認め、18ヶ月以内に開催される大麻とその構成物質を専門とする特定のECDD会議でプレレビューを評価することを勧告した2016年のWHO 38th ECDD[4]の委員や公益財団法人麻薬・覚せい剤乱用防止センターの理事も務めておられます。2016年度の厚生労働科学研究費補助金による別の研究「危険ドラッグ等の乱用防止のより効果的な普及啓発に関する特別研究」[5]では、「大麻の依存性及び臨床薬理学的知見に関する研究」[6]と題する研究で分担研究者を務められ、大麻の依存性について2016年WHO薬物依存専門家委員会の大麻問題に関する会議資料から引用し、

“大麻は身体的依存を形成することがあるが、退薬症候は重篤とはみなされず、オピオイドおよびアルコールからの離脱と比べても明らかに顕著ではない。”

と報告されています。鈴木 勉教授は他に、「I’m CLEAN なくす やめる とおざける」大麻撲滅キャンペーンのインタビュー動画にも出演され、

「大麻の中に、テトラヒドロカンナビノールという成分が入っているんですね。で、これがいろんな精神症状を起こすわけですよ。非常に攻撃的になってくるんですよ。」

と述べられ、ネズミに投与した実験の例を紹介して説明されていますが、果たしてこの実験はどの研究を参考にされているのでしょうか?また、アルコールを摂取した場合と比べてどうなのでしょうか?痛みを和らげるための医療目的での使用でも同様の症状が起きるのでしょうか?様々な情報が錯綜していて非常にわかりづらく感じてしまいます。

2018年に、大麻が1961年に制定された麻薬単一条約で”乱用され及び悪影響を及ぼすおそれの著しいものであり、そのような影響を相殺するほどの治療上の利点を有さない物質”として最も厳しい統制を受ける附表に分類されて以来、史上初めて行われたWHO ECDDによる大麻と大麻関連物質の正式な評価(クリティカル・レビュー)の報告書[7](日本語仮訳)[8]では、合成THCも天然の大麻植物に含まれるTHCも実質的に同じ物質として扱われています。この報告書の中でWHOはΔ9-THC(ドロナビノール) の治療上の有用性について、

“Δ9-THC (dronabinol) is approved in a number of countries for indications including anorexia associated with weight loss in patients with acquired immunodeficiency syndrome (AIDS) and for nausea and vomiting associated with cancer chemotherapy in patients who do not gain adequate relief from conventional antiemetic treatment.
Δ9-THC has been explored for other indications. For example, it has demonstrated at least partial e effectiveness in decreasing neuropathic pain, reducing anxiety in patients with chronic pain, increasing weight gain in patients with anorexia nervosa, decreasing pain intensity and increasing patient satisfaction when given as an adjunct to opioids for chronic pain, reducing spasticity in patients with multiple sclerosis, and for improving tics (or a trend towards such improvement) in patients with Tourette’s syndrome.”
「Δ9-THC(ドロナビノール)は多くの国々で後天性免疫不全症候群(AIDS)患者の体重減少と関連する食欲不振及び従来の制吐薬治療に十分な緩和を得られない患者におけるがん化学療法と関連する吐き気と嘔吐を含む適応症に向けて承認されている。
Δ9-THCは他の適応症に向けて調査されている。例えば、神経障害性疼痛の減少、慢性疼痛患者における不安の減少、神経性食欲不振症患者における体重増加の増大、慢性疼痛へのオピオイ ドの補助剤として与えられた際の疼痛強度の減少及び患者満足度の増加、多発性硬化症患者の痙 縮の減少、トゥレット症候群患者におけるチックの改善(あるいはそのような改善に向けた傾向) において、少なくとも部分的な有効性が実証されている。」

と報告し、また、大麻の治療的有用性については、

“Cannabis has shown both positive outcomes and a lack of significant effect in the treatment of loss of appetite associated with HIV/AIDS, chronic pain, Crohn’s disease, diabetic neuropathy, neuropathic pain, migraine and cluster headaches, and Parkinson’s disease. Further data are required to enable full assessment of the efficacy of cannabis; however, studies have shown its possible value in a variety of therapeutic indications.
  Cannabis preparations are currently subject to the same level of control as cannabis under the 1961 Single Convention on Narcotic Drugs, Article 2, Paragraph 3. Preparations of cannabis are used in the control of muscle spasticity associated with multiple sclerosis, which are not always controlled by other medications. Some patients with chronic pain have also been shown to obtain relief from cannabis preparations when other available medications have not been effective.
  Preclinical reports indicate that cannabinoids reduce cancer cell proliferation, inducing apoptosis in these cells, as well as inhibiting cancer cell migration and angiogenesis in numerous cancer cell types. Cannabinoids and cannabis use have also been shown to have immunosuppressant and anti- inflammatory effects in laboratory animals and humans, respectively. These findings suggest other possible therapeutic applications for cannabis and cannabinoids.”
「大麻は、HIV/エイズに伴う食欲不振、慢性疼痛、クローン病、糖尿病性神経障害、神経障害性疼痛、片頭痛及び群発頭痛、パーキンソン病の治療において肯定的な結果と有意な効果の欠如の両方が示されている。大麻の有効性の完全な評価を可能にする更なるデータが必要とされている; しかしながら、研究は多種多様な治療適応症における有効な値を示している。
 大麻製剤は現在、1961年の麻薬に関する単一条約の第二条、第3項のもとで大麻と同じレベ ルの規制の対象とされている。大麻の製剤は、他の薬剤によって常に制御されるとは限らない多発性硬化症に伴う筋痙縮の抑制に用いられている。一部の慢性疼痛患者もまた、他の利用可能な薬剤が有効でない場合に、大麻製剤による緩和を得ていることが示されている。
 前臨床報告は、カンナビノイドが多数の種類のがん細胞において、がん細胞の遊走及び血管新生を抑制すると同時に、がん細胞の増殖を減少させ、これらの細胞のアポトーシスを誘発することを示す。カンナビノイド及び大麻使用はまた、実験動物及びヒトにおいて、それぞれ免疫抑制作用及び抗炎症作用を有することが示されている。これらの研究結果は、大麻及びカンナビノイドのその他の治療への応用の可能性を示唆する。」

と報告して治療上の有効性を認め、同じ附表(単一条約の附表I及びIV)に含まれる他の物質と比べて害が少ないことから、国際条約による規制分類の変更を勧告しています。これらのエビデンスは、厚生労働省のウェブサイトの大麻についての情報[9]とは著しく異なっており、見直しの必要があるため、筆者は2018年7月に、厚生労働省監視指導・麻薬対策課宛に、WHOによる大麻と大麻関連物質の正式な評価の報告書仮訳を添えて、「ウェブサイト上の大麻情報の更新を求める意見書」[10]を提出し、電話で受領を確認しました。しかし、その後何度電話で問い合わせてみても担当者に繋いでもらえることはなく、ウェブサイト上の大麻情報も更新されないまま現在に至っています。

2019年3月の国会質疑で厚生労働省の担当者は、アメリカで承認されたGWファーマシューティカルズの大麻から抽出した成分カンナビジオール(CBD)を含む治療薬「エピディオレックス」の難治性てんかんへの治験について「研究者である医師が厚労大臣の許可をうけて輸入した薬を、治験の対象とされる薬物として国内の患者に用いることは可能だ」とする異例の見解を示しました[11]が、厚生労働省ウェブサイトの大麻情報は壊れた時計のように平成28(2016)年度で止まったままです。

人類と大麻植物の共生の歴史は古く、世界最古の大麻種子は千葉県館山市の沖ノ島遺跡のおよそ1万年前(7830 ~ 7600 cal BC)の縄文時代早期の砂層から発見されています。[12]大麻が禁止されている期間はそのうちわずか約7/1000程度です。新型コロナウイルス感染拡大で経済や医療の破綻の危機が懸念されていますが、戦争や天災その他の理由で私たちが現在のように恵まれた暮らしを続けることができなくなり、自給自足の生活をせざるを得なくなる場合のリスクに備える意味でも、薬用、食用、繊維用植物として有用な大麻を今のうちに身近な植物として合法的に取り戻しておくべきではないでしょうか?

参考文献
1.
厚生労働科学研究費補助金 第3次対がん総合戦略研究事業, 文献番号 201118012B
「がん性疼痛などの緩和のための病態生理に基づいた 新たな治療法の開発 」平成23(2011)年度, 研究代表者 的場 元弘(独立行政法人 国立がん研究センター 中央病院 緩和医療科・精神腫瘍科), 厚生労働省科学研究費データベース [2020年4月2日閲覧]
https://mhlw-grants.niph.go.jp/niph/search/NIDD00.do?resrchNum=201118012B
2.
厚生労働科学研究費補助金 第3次対がん総合戦略研究事業, 文献番号 201118012B
「がん性疼痛などの緩和のための病態生理に基づいた 新たな治療法の開発 」
研究報告書, 分担研究報告書, 疼痛下におけるドロナビノールの精神依存と耐性形成抑制の解明,がん性腹膜炎疼痛モデルの作製とリドカインの鎮痛メカニズムの解明,脊椎骨転移動作時痛モデルによるケタミンの鎮痛効果およびメカニズムの解明
分担研究者 鈴木 勉 研究施設 星薬科大学藥品毒性学教室 教授
201118012B0003.pdf, 厚生労働省科学研究費データベース [2020年4月2日閲覧]
https://mhlw-grants.niph.go.jp/niph/search/Download.do?nendo=2011&jigyoId=113041&bunkenNo=201118012B&pdf=201118012B0003.pdf
3.
医療目的の大麻使用「認めるべきではない」【厚生労働省課長】, Web医事新報,日本医事新報社 [2020年4月2日閲覧]
https://www.jmedj.co.jp/journal/paper/detail.php?id=5392
4.
Thirty-Eighth meeting of the Expert Committee on Drug Dependence,
14 – 18 November 2016., World Health Organization [2020年4月2日閲覧]
https://www.who.int/medicines/access/controlled-substances/ecdd_38_meeting/en/
5.
厚生労働科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生労働科学特別研究, 文献番号 201605014A, 危険ドラッグ等の乱用防止のより効果的な普及啓発に関する特別研究,
平成28(2016)年度, 井村 伸正(公益財団法人麻薬・覚せい剤乱用防止センター),
厚生労働省科学研究費データベース [2020年4月2日閲覧]
https://mhlw-grants.niph.go.jp/niph/search/NIDD00.do?resrchNum=201605014A
6.
厚生労働科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生労働科学特別研究, 文献番号 201605014A, 危険ドラッグ等の乱用防止のより効果的な普及啓発に関する特別研究, 分担研究報告書, 大麻の依存性及び臨床薬理学的知見に関する研究, 分担研究者:鈴木 勉 (星薬科大学薬学部) (pdf) 厚生労働省科学研究費データベース [2020年4月2日閲覧]
https://mhlw-grants.niph.go.jp/niph/search/Download.do?nendo=2016&jigyoId=161031&bunkenNo=201605014A_upload&pdf=201605014A0005.pdf
7.
WHO Expert Committee on Drug Dependence: forty-first report. Geneva: World Health Organization; 2019 (WHO Technical Report Series, No. 1018). Licence: CC BY-NC-SA 3.0 IGO. (pdf)[2020年4月2日閲覧]
https://apps.who.int/iris/bitstream/handle/10665/325073/9789241210270-eng.pdf?ua=1
8.
WHO 薬物依存専門家委員会, 第41会期 報告書, 世界保健機関, 2019 (WHO Technical Report Series, No. 1018). 7 大麻及び大麻関連物質日本語仮訳(pdf), Licence: CC BY-NC-SA 3.0 IGO.
https://drive.google.com/file/d/1WrIqxA16OCmfWcGDzUtnY5AI8W6jQoJg/view
9.
厚生労働省ウェブサイト, ホーム > 政策について > 分野別の政策一覧 > 健康・医療 > 医薬品・医療機器 > 薬物乱用防止に関する情報 > 大麻に関する正しい知識 [2020年4月2日閲覧]
https://www.mhlw.go.jp/bunya/iyakuhin/yakubuturanyou/taima01/index.html
10.
野中 烈,ウェブサイト上の大麻情報の更新を求める意見書(pdf), 2019年7月25日
https://drive.google.com/file/d/1IyREBmF62kdnZhSmZlhYllyuqp1Ejjpy/view
11.
大麻成分含むてんかん薬、治験申請へ 聖マリアンナ医大:朝日新聞デジタル,
水戸部六美, 2019年4月11日 15時00分, [2020年4月2日閲覧]
https://www.asahi.com/articles/ASM4C4G46M4CUBQU009.html
12.
小林真生子・百原新・沖津進・柳澤清一・岡本東三(2008), 「千葉県沖ノ島遺跡から出土した縄文時代早期のアサ果実 」, 植生史研究 第16巻第1号(2008年4月発行)[2020年4月2日閲覧]
http://hisbot.jp/journalfiles/1601/1601_011-018.pdf


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