Watcher #30
おれの立場がおかしなことになっている。
オフ会でのことだ。
参加者からおれへの悩み相談がたえない。
たけど、相談する人の大半が、話を聞くだけで満足してくれるので助かっている。
聞くだけでは終わらず、アドバイスをすることになってしまうこともあった。
そのときは、三木さんが助け舟を出してくれる。
おれは、ほとんど何もしていない。
なのに、悩み相談はおれの手柄になっている。
悩み相談が増えてきたころ、三木さんに、人の話の聞き方のアドバイスを受けた。
コミュニケーションの研究に基づいたモノだ。
話はさえぎらず、適度に相槌をうつ。
ポイントポイントで「それはこういうことですか?」と要点を確認する。
相手が簡単に返せそうな質問をたまにはさむ。
ツッコミどころがあってもツッコまない。
間違った認識や、話の前後に矛盾があった場合、相手がそれに気づくような質問をマイルドにする。
話している内容に対して、価値判断をしない。
相手の話していることに関連する話題や質問をはさんで、こちらの話しているターンを会話全体の半分より、ちょっと少ないか、ちょっと多いくらいにおさめる。
おしゃべりの人や、口べたの人は、割合を変えた。
すごく効果を発揮した。
以前、オフ会にアンチの人が潜んでいたことがある。
そのアンチの人に対して、三木さんに教えてもらった、話を聞き方を実践した。
今その人は、おれの信者になっている。
人は、自分の話を聞いてほしい生き物なんだと、実感した。
しかし、コミュニケーションをテクニックでこなすのは、浅ましい気がしてしまう。
例え相手が気持ちよくなっていたとしても。
実際、あいさんや、三木さんや、萩野くんに対して、テクニックめいたものは使うことはない。
だけど、三木さんから得た知識を、相談者に対して実践し、効果が出ると楽しい。
相談者から深く感謝されて、カリスマを疑似体験をしているような感覚だ。
三木さんは三木さんで、おれをカリスマ···なんなら、教祖に仕立て上げる実験でも楽しんでいるのではないかと疑っている。
そんな疑似カリスマ体験で気持ちよくなった、オフ会の帰り道、横目に入ってきたのは“あれ”だ。
最近はひとりの夜道では、ほぼエンカウントする。
言葉で説明しづらい”あれ“だった。
伝言ゲームでこの姿かたちを伝えれたら、奇跡だ。
大きなリング状のフレーム一対。
そこに人間の上半身がついている。
その上半身が、両手で持っているのは、逆さまになった人間。
逆さまになった人間の裂けた腹の両側を持っていた。
さらにだ。
その裂けた部分にもう一体座っている。
そいつは上半身というか、頭というか、そこが、円形の水槽になっていた。
あと、最初のフレームのやつに話を戻すと···
そいつの頭は目から上がない。
ないというか、ガラスになっている。
さらに後頭部から首の裏に穴が空いている。
そこから、枝のような···血管のようなものが無数に生えていて、逆だった髪に見えなくもない。
ああ、あと、そいつの周りのことを説明していなかったが、訳のわからない植物がしげっていた。
今さっき気持ちよくなっていたのはこいつら“あれ”のおかげなんだなあ、と思った。
思ったところで、感謝はしていないし、なんなら、気持ちよいのも冷めた。
帰ろ、帰ろ。