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Watcher #31

その日のオフ会で話をしたのは女性だった。


その女性は、自分によくしてくれた叔母がいると言った。


もしかしたら、その叔母の葬儀へ自分は行かないのかもしれない、とも言った。


その女性の叔母はまだ亡くなっていないし、病気をしたという話もないとのこと。


けれども、万が一の事を考えてしまうそうだ。




その女性は、子供のころよくウソをついていたと言う。


子供のころ、ウソをつくことはコスパがよかったとも言った。


たしかに、信用を失うということの損失の大きさを理解できるまでは、ウソのコスパはよかった。


ウソをつくことの本当のリスクがわかるようになるのは、まあまあ大きくなってからだ。


その女性の大きな目は信用を失くすのを遅らせる原因になったのだろう。


子供時代は、愛くるしい子供だっただろうな、と想像できる顔立ちだ。



その女性が中学生のころ、親戚で集まったのとき、従姉にウソをついそうだ。


バレエを習っているというウソだ。


バレエは習ってはいなかったが、実際に興味はもっていた。


なので、生かじりの知識はあったと言う。



従姉に踊ってみてと言われた。


シューズがないとか、カーペットの上ではできないなど理屈をつけてやり過ごそうとしたらしい。



けれど、従姉はウソを突き止めようとしんばかりに詰めてきたそうだ。


「ポーズだけでも教えて」とか「シューズの価格や教室の月謝がいくらか」とか、次々に追求されたと言う。


従姉に「ウソつき」とは言われなかったものの、その時その女性は完全に自分のウソを見破られていことを悟ったそうだ。


従姉とは、親戚の集まるお正月とお盆、年に二度しか会わない事もあって勢いでウソをついてしまったらしい。


その女性は、自分が従姉に平気でウソをつく人間として見られていると思うとたえられないと言った。


なので、よくしてくれた叔母が亡くなったとしても、従姉に会いたくないという気持ちから、葬儀に行けないのではないかと心配しているらしい。


その女性は、従姉にウソを追求されて以来、親戚の集まりに参加していないそうだ。


そして今では親戚の集まり自体が、自然消滅的になくなったと言う。


さらに「私は薄情なので、お世話になった叔母の葬儀に出たいという気持ちよりも、従姉と会いたくない気持ちが勝っていることを、あまり酷いと思っていない」と言った。


ただ、そう思えない自分は、おかしいのではないのかという、気はすると···




思っていることが丁寧に言語化されていた。


ということは、その女性がこの件について散々悩んだり考えてしてきたということじゃないのか。

万が一である、叔母の葬儀をわざわざ引き出してまで。

それに「酷いと思っていない」といいつつ、それは「薄情だから」という言葉に続いている。


そのことを薄情だと認識しているし、少なくとも自覚がある。


今は「私は薄情だから」という言葉を開きなおるためにつかっている。


けどれ、それは自分の心を守のるための方便だと思う。


それでいいと思った。


自覚があるし、ここまで考え続けてきたのだから、何かのきっかけで反転するかもしれない。


おれは、この考えをできるだけマイルドに伝えて、だからそんなに心配しなくても大丈夫だと伝えた。


今までの三木さんからの助け舟から学んで、なんとか返答できた。


その女性は、満足してくれたように見えた。


まあ、おれのアドバイスが良かったからというより、話を聞いてもらうこと自体のほうが、人を満たすのだろう。




その帰り道···


闇の中に尻が浮かんでいた。


こんなところで尻を丸出しにしているのは、おれの経験上“あれ”くらいだ。


”あれ“との邂逅は予想はしていた。


いや予想していたことを邂逅とは言わないか···


前から思っていたけど「邂逅」というの言葉は、書き言葉でしか見ないよな。


喋り言葉で使ってる人に会ったことがない。



尻は、馬乗りになっているやつの尻だった。

”あれ“は二体いて、ひとつがもう一方の上に馬乗りになっていた。


そいつの尻だ。


馬乗りになっている方の頭は屋根のようになっていた。


馬乗りになられている方の頭は神棚のように見える。


二つの頭が合わさって祠のようだった。


屋根の中央は割れていて、プランターのようなものが吊り下がっていて、その中の液体が燃えていた。


あわい、あわい炎は、ちょうど屋根の割れ目を立ち上がっていた。


そして屋根の両へりからは、膜のような幕がたれさがっていた。


おれは気になって、なかを覗きこんだ。


神棚の上は、両サイドに灯りがあった。


中央手前には、歯のようなモノがきれいに並べられていた。


供え物だろうか···


その奥には二段の構造の台が隆起していた。


手前の一段目は引き出しの構造になっていて引かれていた。


中は溝のある螺旋状の肉が、ネオン管みたいな、光るものを巻き込んでいた。


フィラメントみたいだ。


さらに一段目の上には、ランプのようなものがあった。


ガラスの中で触手が小さな灯りを持ち上げていた。


二段目は浴槽みたいな構造で、中は液に満たされていて、その中央に肉片が浮いていた。


二段目の上には屋根頭の首から飛び出した台に、神棚で言うと御神体にあたる小さな像があった。

低く屈んで、さらに覗き込んだが、祀られている像の顔は暗くて見えなかった。

その夜、相談に対してうまく返答できて気分がよかったので、調子にのって手を合わた。






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