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Watcher #29

相談を受けた。


オフ会でのことだ。


ただの飲み会と化したプチ飲み会とは別モノ。


普段、会うことのない人たちが、たくさんいた。


その中の少なくない数の人が、何故かおれを慕っている。



はじめて会った人の相談にのった。


おれのことを大したものだと錯覚してくれている。


なので、その人にとっては重要で、周りの人には相談できないような告白を聞けた。




その男性は、自分が“変わりたい”と“変わりたくない”の間で揺れ動いているという。


パッとしない生活を送っているそうだ。


なので変わりたいし、変わるのには「こうすればいい」ということも、なんとなく分かっているという。


だけどそれと同時に、自分が変わってしまうことにも抵抗を感じると···



その男性は、シュロの木が好きだそうだ。


おれは「シュロの木」と聞いてもピンとこなかった。


それを表情に出したつもりはなかった。


けれど、その男性の話を聞いていたおれの顔を見て三木さんがさっしたのか、


「ソテツみたいな木ですね」


と、言った。


ソテツはわかる、椰子の木みたいなやつだ。


おれはその男性に、シュロの木のどこが好きなのかと聞いた。


その男性は、枯れた葉が垂れ下がっているところだと、答えた。


てっぺんに茂る青葉の下、枯れた葉が幾層にもなって垂れ下がっている。


それを夜に見るのが好きなのだという。


青葉は深い緑で夜の闇と同化する。


枯れ葉の部分が、獣の毛のように見えるそうだ。


夜、静かにたたずむ毛深い怪物のように···



その男性は、長い間のあとに、話をさらに続けた。


ある日、シュロの木の落ち葉を見つけたそうだ。


それは、落葉というには巨大すぎる一枚だったという。


その男は、巨大な落ち葉の大味な造形に落胆したそうだ。


静かな怪物のイメージを壊すような。


けれど、すぐに思い直した。


この巨大な落ち葉も、怪物にふさわしい骨ばった手に見えたという。



そのときに、自分が変わってしまって、この感性を失いたくないと思ったそうだ。



おれは、その男性の話を聞き終えて、何を言えばいいかあぐねていた。


そうしていたら、その男性は、


「聞いてくれてありがとうございました」


と言って、もとの席に戻っていった。


少しはスッキリしてくれたみたいでよかった。



そのオフ会の帰り道。


お約束のように“あれ”を見た。



腕のない人間のような体。


頭は太い一本の渦巻状の触手になっていた。


その触手が根もとから裂けていた。


裂け目は律儀に渦巻にそっていた。


裂けて別れた一方の先には、小さな下半身がついていた。


本体の方の腹には穴が空いていて。


小さい方は仰向けの状態で、尻をその穴に収めていた。


裂けた触手の中からは、触手の芯みたいなモノが出ている。


芯の先は球根みたいになっていた。


さらに、その球根は無数の光を放っていた。




正直、おれに相談をした男性が、ずーとっ何を言ってるかわからなかった。


だけど今まさに、おれは夜にたたずむ“あれ”をながめて、心が落ち着いていた。

”あれ“を見つけると、ビクッとなってしまうこともある。


けれど、爪や牙をもつ“あれ”には出会ったことがない。 


この感じか···


だから、あの男性はおれの”あれ“のSNSの投稿に惹かれて、オフ会に来てくれていたのか···


おれには“あれ”が見えるからシュロの木が必要でなかっただけだ···




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