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紫の鏡

紫の鏡という怖い話があった。

今でもあるのだろうか。

正確にいうと「紫の鏡」は“怖い話”ではなく“都市伝説”なのだろう。

私が子供のころは“都市伝説”という言葉を聞いたことはなかった。

まだそんな言葉はなかったか、あったとしても一般的ではなかったと思う。

実際、私は「“怖い話”をしてあげようか?」と友達に言われて、聞かされた。

紫の鏡について聞いたことで覚えているのは、「二十歳までにこの『紫の鏡』というワードを覚えていたら死んでしまう」ということ。

そのことと「紫の鏡」というワードしか覚えていない。

紫の鏡にまつわる、なんらかのストーリーも同時に聞かされていたかもしれない。

もし聞かされていたとしても、きれいに忘れていた。

友達から“紫の鏡”を聞かされて、私は酷く不安な気持ちになって、友達を恨んだのを覚えている。

数日間、早く忘れなければという焦燥感にとりつかれ、頭のなかは「紫の鏡」というワードに支配されていたと思う。

だけど、TVでジャニーズの好きなグループをみるとか、親に勉強をしろと言われるなど、いつのまにか日常の集積に埋もれっていった。

 


たまにSNSで「世の中には“普通の人”なんて一人もいないんだ」みたいなものがシェアされて流れてくる。

私はそんな言葉で、なんの特徴もないという自分のコンプレックスから、いっとき解放されるような“普通の人”だ。

そんな“並み”の私にも、はじめて彼氏ができた。

大学にはいってすぐだった。

彼はジャニーズ系で、私は不釣り合いを感じつつも彼のことを心底好きになった。

つきあっている間、人生で一番楽しかった。

だけど彼を友人にとられたのだ。

私は自暴自棄の勢いで、友人に「どうしてそんなひどいことをするのか」といった旨のメールを送りつけた。 

私の予想に反してメールは返ってきた。

私は返信の内容を読んで、彼女へメールしたことを後悔した。

返信メールの内容はこうだ。

彼はもともとあなた(私)のことが好きではなかった。

大学に入って彼女がいないとカッコつかないので、とりあえず同じゼミのなかで断らなさそうなあなたに好きだといったら、案の定つきあえた。

とりあえずでつきあったのに、図々しく彼女ぶってきてうっとおしかった。

あなたといても楽しくなかった。

そのことを私(友人)に相談していたら、気があって好きになった。

とのことだった。

おまけに、

あなたが彼を好きであることは自由だからやめろとは言わない、だけど同じく私たちが愛し合うのも自由だから、あなたがとやかくいうのもおかしい。

みたいなことも書かれていた。

私はショックすぎて失神しそうだった。

そのあと泣き続けた。

さらにそのあと沈みつづけて、そこでふと“紫の鏡”を思い出した。

もうすぐ二十歳だ。

私は死んでしまいたかった。

二十歳目前でこんな目にあって、紫の鏡を思い出す。

絶望のなか、紫の鏡が彼岸からチラチラと、希望の光を返しているように見えた。

二十歳の誕生日前日の深夜。

スマホを机におき、その前に座って日付が変わるカウントダウンをしていた。

あと10分

あと3分。

1分。

10秒前。







······。

何も起きない。

そうだよね···。

死ぬわけないよね。

と思いながら、自嘲的に嗤った瞬間、スマホが大きな音を出した。

びっくとして画面を見ると、親友からのLINEの通知だった。

ずっと開かずに、通知が何件もたまっていた。

開くと「誕生日おめでとう」のメッセージだった。

さかのぼると、たくさんの私を心配するメッセージ。

私はそのメッセージをぼーっとながめながら、改めて考えた。

なんで“紫の鏡”なんて子供だましなものに私はすがったのだうか、と。

そうなんだよね、“子供だまし”なんだよ。

私は追いつめられて、小さな子供みたいな判断力になってしまっていたんだ。

紫の鏡は、たとえ二十歳まで覚えていても、二十歳の判断力で“呪い”から脱せれるようになってるんだ。

私は感心していた。

そうしたらぼーとながめていたスマホの画面に急に赤いものが映った。

映ったんじゃない。

血だっ!

スマホの画面に血が落ちたんだっ。

私はあわてて鼻に手をやって、その手を見ると血がついていた。

鼻血が出ている。

ティッシュを箱から数枚とって鼻におしあてて、一階の洗面所へ急いだ。

母も父ももう寝ていて、一階は真っ暗だった。

洗面所の灯りをつけ、洗面台の蛇口をひねって水を出して鼻を洗う。

水にずっと血が混ざる。

とまらない。

とまらないどころか水に混ざる血の量は増えて、赤が濃くなっていった。

こうしていても、おさまる気配がないので、かけてあった手拭き用のタオルを引き抜いて鼻に当てて上体を起こした。

私は鏡に映った自分を見て、錯乱しそうのなった。

耳からも血が出てる!

驚いて口を開けると歯が真っ赤に染まっていた。

鼻血が口に回ったのとは明らかに別に、歯茎から血が出ていた。

視界も赤らんできた。

眼からも····

「お母さんっ、お父さんっ」

深夜であることなんて考えることなく、叫んでいました。

母と父を何度もよびました。

ですが、ふたりとも来てくれません。

叫びながら混乱する頭で考えていました。

紫の鏡のせい?

紫の鏡を覚えていたから?

そんなわけないよね。

死ぬの?

私、死んじゃうの?

死にたくないっ!

いやだっ。


叫びながら起きたのは、生まれてはじめてでした。

心臓があり得ないくらい早鐘をうっていました。

私はいつのまにか眠っていたのでした。

ちゃんと電気を消して、ベットのうえで。

手にはスマホをにぎっていました。

スマホのスイッチを押して時間を確認しました。

朝の4時過ぎでした。

外は暗いです。

こんな時間に起きてどうしよう、と心配しましたが、動悸がおさまったらすんなり二度寝をしていました。

朝、私はふつうに起きて、数日休んでいた大学にいくことにしました。

親友にこれ以上の心配をかけたくなかったからです。

出掛けに母は私に聞きました。

「今日遅いの?」

母には彼氏ができたことは伝えてありましたが、別れたことはまだ言ってません。

私は「別れちゃった」と返しました。

母はここ数日私が大学を休んでいた理由を察っした感じで、心配な表情をしました。

ですが、取り直して「じゃあケーキ買っとくね」と言ってくれました。

私は笑顔で「ありがとう」と言いました。

大学へ行くと親友が「大丈夫」とだけ聞いて、私がそれに「大丈夫」と返すと、そのあとは気を使って何もなかったように振る舞ってくれましたが、ぎこちなくて愛しかったです。

彼と彼女もいました。

元彼と元友人です。

私は二人を見て、どんなしんどい気持ちになるのかと不安でした。

でも、親友に心配をかけたくないし、両親が高い学費を払ってくれているので、つらいからといって大学をやめる訳にはいきません。

私は覚悟をして大学へ出てきていたのです。

私はビックリしました。

二人を見ても何の感情もわかないのです。

失恋して直ぐはつらくない、という話を聞いたことがあります。

私の場合はそんなことはありませんでした。

だから私には、変則的につらくない時期が遅れてやって来ているのかと思いました。

ですが、しばらくしても一向につらくならないのです。

なんにも···何の感情も、二人に対してわかないのです。

まるで、二人に対しての感情だけが死んでいるかのように。



もしかして、紫の鏡!?

あの夜、大量の血を流して死んだのは私の一部?

あれは夢じゃなかったの?


「恋は失恋のつらい思いも含めて恋なのだ」みたいなものがSNSでシェアされて流れてきた。

少なくとも今回の恋に限ってはそんなことは全く思わなかった。

紫の鏡に感謝して、私はいいねを押さなかった。

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