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Short Story:小さな灯りが点る村の雑貨屋さん

「おじちゃん、まだ来ない?」

苛立つような、待ち遠しいような響きが籠もっている。

「そうじゃね。まだ来んよ」

「どうしたんじゃろうか、いつもは昼前に来るのに」

甥が一人で出かけられるような年になっていた。家の近所に駄菓子屋を見つけてからは毎日のように行っていた。

三角ビニール袋入りのポンポン菓子を買い、きなこ棒を買い、甘イカ太郎を買い、気になっているものを時に買い求め、期待に胸を膨らませて家路を急ぐ。そんな楽しみが甥の心を捉えていた。

自分で買えないことはない。おじちゃんが来れば、心置きなく買える。

駄菓子屋に行けるようになってから、しばらくして甥が駄菓子屋の話しを切り出した。

「川を渡った所に昔の役場があるじゃろう」
「あの役場の向こうに小川が流れちょるじゃろう」
「あそこに駄菓子屋があるんじゃ」
「時々行きよるんじゃ」
「おじちゃん、一緒に行かん?」

甥は謎かけのように話しかけてきた。魂胆は見え透いていた。

「そいじゃ、行ってみようか」

「うん、案内しちゃる」

錦川に沿って歩き出した。錦川を渡る大きな橋を渡り、歩道を歩いて行く。川が迂回し、遠ざかっていく。甥は嬉しそうにスキップ気味に歩いている。再び川が近づき、淵になっている手前で、小川が注ぎ込んでいる。その小川に掛かっている、簡単に木を並べたような橋を渡ると、駄菓子屋がある。

駄菓子屋には、駄菓子が申し訳程度に並び、ラムネなどの飲み物も用意されている。奥から出て来たおばあさんが応対する。甥の選ぶのを優しげな目で待っている。

「おばちゃん、これ」

甥は手に取った駄菓子を差し出した。おばあさんは計算する。甥に代わって代金を払う。

駄菓子を手に入れた甥は嬉しそうにスキップ気味に帰って行く。

家に帰ると、食卓テーブルに買ってきたものを並べ、嬉しさを仄かに匂わせながら順番に食べていく。

それから行く度に駄菓子屋に連れて行かれる。甥の喜ぶ顔を見るのが慣習になっていた。

甥の家の近くに、美術館がある。朝遅く起き、出かけるのが昼になっていた。絵を鑑賞し、コーヒーを飲んだ。帰りに、甥の家に寄ることにしていた。行くことは、甥にも伝わっていた。

「おじちゃん、遅いよ」

怒るような、甘えるような響きが混じっている。

「駄菓子屋に行くちゅうて言いよったよね」

「行くよ」

甥はすねるように、言い放つ。

「閉まっちょるかもしれん」

「ともかく行ってみよぅ」

甥と二人で駄菓子屋への道をなぞる。

川が蛇行した後、淵のあたりが見えてきた。駄菓子屋の前を流れる橋も見えてきた。目を前に向ければ、村の雑貨屋さんに小さな灯りが点いていた。

甥は破顔し、笑みがこぼれた。急ぎ足になり、橋を渡り、おばあさんに選んだ駄菓子を渡し、包んで貰った紙袋を抱きしめるように、家路を急ぐ。

家に帰ると、食卓のテーブルに駄菓子を並べる。駄菓子は、部屋の明かりの下で甥の落ち着いた笑顔を前に並んでいる。