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言葉はいつも翅の裏側を隠している

糸を引き
言葉を紡ぐ
糸を吐き
言葉を寿ぐ

言葉は時間の中でしか解凍されない
ひとかたまりの肉塊で提示することができない

溶けていく時間の広がりの中でしか提示できない
ことばは〈もの〉になりえない
引き摺って溶けていくことでしか表現できない

リンゴをそのまま置いて示すことができない
〈リンゴ〉と枠で囲ってもリンゴを固定することができない
帯状に削いだ皮の螺旋でしかリンゴを示すことができない
なかに白く身を残したまま
あるいは白い身を薄く剥ぎ取りながら
リンゴの赤い表面を傷つける道具をもってとぼとぼ歩く

表現するとは
歩きつづけることだ

立ち止まってじっと見つめていてもなにも示すことができない
どもりつつ饒舌に言葉を垂れ流し
言葉を垂れ流すことでしか何かを示すことができない
じっと黙したまま何かを示すことができない
自分のだらしのない姿で歩き回って見せることでしか
なにかを示すことができない

言葉の窓を開け放しておき
差し込む光線がたどる先を追って
裸のままの言葉をだらだらと垂れ流し紡がねばならない
ねじれた言葉が紙に穴を穿つ瞬間を見届けねばならない

言葉は時間の中を流れるので
言葉は真実を語ることはできない
あと一歩で真実になりかかった言葉が
次の一歩で真実から遠ざかる

それでも言葉によって真実に近づこうとする
それが言葉の宿命である

言葉はつねに直後の言葉によって否定される
それは生きていることだから
生きているとはつねに流れでる直前の生を否定しつづけることだから

言葉はいつもなにもない内側を隠している
言葉はいつもなにもない翅の裏側を隠している
なにもない内側を隠すことが飛ぶことを可能にすると信じている

なにもない内側が可能にすることと
なにもない内側が不可能にすること
言葉はそのふたつの間を飛び回る

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