堤範明

生年:1950年

堤範明

生年:1950年

最近の記事

アウ

手のひらから生まれてくる それは哀しみに似た合図 アウ アウは地面を這い回った でもアウに地面で出会うことはまれだ 街を漂う眠りが 樹木の葉にくっつくとき アウが生まれる そこには十分な記憶が備わっていないので いつまでもおなじ空間に 漂っていることはできない 街にできた知らない空隙だけを 目指して突進する あるひとは アウにあった日をよい日だと考えて 毎日を記録する そしてその痕跡を ノートにクリップでとめる あるひとは アウにあった日を不浄の日ととらえ あわててお

    • さなか

      触れているものが 意味の形なら 意味の形は ない 触れているものが 意味の形でないなら 意味の形は ある さなかは 意味を問われることはない さなかは 意味の有無を問われることもない よなかのさなか 攪拌された夢に浮遊するもの 夢を追いかける意味の影が地面を強く通り抜ける 意味に轢かれないように注意が肝要だ もちろん注意することは 目覚めているときだけにできる予防手段なので 意味がまだ意味になりきらない覚醒時に予防する 雲が映っている水たまりの空に足を踏み入れないこ

      • ページがめくれない

        ページをめくると 思いを寄せる女の子の腕を つかもうとのばされた指先が震えていた こころが表情に浮かぶより 言葉が先に回転して落ちてきた 「やるせない」、 こころは そのまま切り取ることができないので どう転げ落ちてきたのか、 うまく説明ができないが 喧嘩の弱い高校生が渾身の 力で暴力にたちむかい、 ひとつひとつ暴力を克服し自信をつけていく ストーリー、 そのなかでの挿話、 初恋。 微妙な行き違いを描いた ありきたりの、 思いをよせるものどうしで つよく引きあい、 それゆ

        • 残念過ぎる

          残念過ぎる その言葉で ほどけかけたものが ふたたび 結びとめられていく 床には 皿が割れている 投げたのは 息子 すでに大人の年齢だが 母親に癒着したこころが 固まって離れない 息子には知的な障害があり 大人になってからの親への依存という 親には予見できない将来をかたに 幼児期からの 厳しい指導をうながされた 顧みれば 息子にとって 母親による直接指導は 虐待とおなじだった なによりも 指導を消化できる知能を 息子は持ち合わせていなかった 一時間半かけて週一で通う

          焼き魚

          なんとなく許されている気がして、 キャバレーの一角に。 そんな風にして、 朝市に紛れ込んだのだが 浜辺では全員が朝日にむかって いっせいに、膝立ちした波が 揃って送ってくる潮風と 日射しの圧力に耐えている 「駄目だ、駄目だ まだ、時計を見ては」 いまは、 まだ時間を気にするときではない 絶妙なバランスが崩れて 前のめりの姿勢になって 朝靄のなかに櫓が倒れていく 蝶が舞う情景を引き寄せて 占うまでもなく 今日、食卓に上るのは 焼き魚だと知れる そのことは 栄養素か

          それはじぶんの傘ではない そう何度もいいきかせたはずだ その手が いうことをきかない その手が じぶんの傘ではないと わかっているはずの 傘を 手にとり 何度も差そうとする なにも電車に乗り遅れそうに なったというわけではない 濡れはじめた傘が 傘の上にいままで降った雨を 全部溜めておいたよと 傘の上から 水の筒が空に伸び 長く雲まで届くようにしなり ビニ傘の底を突き破って落ちて びしょ濡れになったというのでもない いかに土砂降りとはいえ 百メートルの距離だ ひとにはじぶんの

          待つ

          待つことは そのままに しだいに、多くが、加わってくる それは絞りそこねたもの、とは限らない 菓子が停滞すると 待つことの 肩幅が次第に広がってくる それがいのちのありようとして ただしいことは 目前の 客の足先を見れば よくわかる スーパーでは 待つことの列には 袋に入ったニンジンも 赤い顔で参加したがるので よろこんで参加させてやる やがて野菜のあれやこれやも いずれ声を上げることはわかっているので つねにていねいな対応を心掛ける それは写真と一緒で なかに写ってい

          カマキリ

          いまでも 背中に隠した翅を ときおり広げる カマキリであることは ひとには隠している ひとは カマキリであることは なんの問題もない というが カマキリが翅と背中のあいだに時間を隠せる ことを ひとは知らない 翅は一瞬で広がり 一瞬で閉じる いや カマキリは ゆっくり広げ ゆっくり閉じている 腕がついて動く腹と 翅がついて動く背の あいだ その幅に 時間が隠れている 時間のなかにはナイフを隠すこともできる ひとは背に翅をもっていないので 腹と背の間の厚みを感じること

          ヨモギ

          受取りはじめたものに、届く 動く自画像 風となった舌が 土手の斜面の 緑をなめる 水面をなめる 追い詰められた街をなめる 震えあがっている看板をなめる やがて風は 四月となる 法の届かぬ街の 暗い 区画に入り込み 法で編まれた薄衣を解く 囚われていた肢体の やわらかな起伏に触れ 火傷する 舌となった風が ゆるやかに冷まされていく やがて法の下に取って返し 森林を真似 樹木の内部深くに浸透し 姿を消す風 なだらかな起伏の 湿った表面から 樹木の内側へ 陰影をつくる

          田中さん!

          それは 片面から始まる 少しずつずらして 両面を縫い通すことで 完了する 結局、 吉岡さんが席を わずかにずらしたところで その隙間に漫画が落ち 水びたしになって浸み込んでいって 終わった 水に濡れた音楽はそのとき タクトに合わせて 音程をきちりとはずしていた 耳の穴を通り 音波がひきこもりの蛇になって 蛇行してくる そこでは いっさい手綱をゆるめることは なされなかったので 引きつった表情だけが 川の蛇行をひとりで釣り上げていた 綺麗に整頓された昼食というものも

          田中さん!

          タンポポ

          曲がっていることを 理解という その道をまっすぐ行くと 曲がってしまう 碁盤目の道はいつも間違っている そこでしか道を学習できないが そこで学習したことで迷子になる 花の香りで 一区画先の角に花屋を知る 花屋はいつもそこに植わっている 四角い空を逆さに歩く 四角い街をスタンプを捺しながら先へと進む そして迷い 誰もいない池のほとりにでる 池のほとりには 花がたくさん咲いている べつにタンポポひとつでいいんだけど いまはもうそのタンポポすら見かけない 池のほとりでは、占い師

          タンポポ

          ノート

          白く 欠けると そこから足が生まれる 希望はその色で表現される 道は未知と呼ばれ 足と出会うたびに 凹凸をなくし 足と対話するようになった 道という名の白いテープが 地面を蔽う 少年はいつもテープの上を走った 目的と次の目的の間の道は邪魔だから いつもテープをまるめて ポケットにしまい込もうとした そうやってポケットにいっぱいになった道を捨てる 夕暮れになるとテープが縮む 視界いっぱいが黒く塗られ 道が消え 真っ黒な家だけが大きく立ちはだかってきた 家はノートだった 親はじぶ

          逆ねじ

          右に回せば締まる 左に回せば緩む その先の尖った木ねじの姿で 家族の狭い場所に 三本が刺さっている 息子、妻、わたし 窮屈なので それぞれが調整する 息子のねじが ストレスで強くねじ込まれるとき それをうけとめて 妻のねじがゆるんでいく わたしのねじもゆるんでいく それで家族が安定する 家族は 逆三角錐の寸詰まりの傘ケースで 強い粘性をもつゼリー状の液体の中に ねじになった三人が突き刺さっている 窮屈なその中でゆっくり回りつづけている そのバランスが崩れている 子どもが最

          ほら、

          問題は静かであること 問題を呼び覚まそうとすると問題が見えなくなる 問題がはっきり浮かび上がったとき それはもう問題じゃなくなっている 問題が 何が問題であるかをみずから消し去っている 問題の段差を踏みつけていて 段差がわからなくなっている 問題は光なのかもしれない 問題の隙間を光が漏れて光っている 光が漏れることが問題のあかしなのかもしれない 光が漏れなければ問題はないのかもしれない 木立の隙間から 鹿が 覗いている 隙間がある/隠れ 隙間がある/覗く 物事の前後とい

          左足からはじまる

          レシーバー 毎朝 息子が ズボンをはくとき ふたりは息を止めて じぶんの手を 用意している こんにちは 足は ズボンの トンネルを抜けてでてくる もちろん足はしゃべらないが その足がしゃべるのを待っている こんにちは 今日は晴れなのか 雨なのか 足で 今日の天気が きまる ウォーターのない ウォータースライダーを抜けてくる 顔ではない 足の顔をだす足が天気を決める 引きつった表情の足がでたとき レシーバーは 用意していた手の平であわてて足をたたく ペシLtu、ペンペン

          左足からはじまる

          取り決め

          同時に二枚取ることはできないので 一枚は伏せる その取り決めは油断していると厚みを増す 部屋は十に分けられて その一つに幽閉される 意味は十に切り分けられて その一つ一つにトマトが配布される 同時に決算はできないので 螺旋状の一筆書きで 一部屋ずつ潰していく 生き残ることは どの部屋も貴重品である 本物のツルになって部屋を脱け出すものもいる 水は自分を追いかけないので 球体のまま部屋にとどまっている 球体なので世界を映すことができる 自分はよい 乙姫もどこかに映っている 乙姫

          取り決め