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田中さん!

それは
片面から始まる
少しずつずらして
両面を縫い通すことで
完了する

結局、
吉岡さんが席を
わずかにずらしたところで
その隙間に漫画が落ち
水びたしになって浸み込んでいって
終わった

水に濡れた音楽はそのとき
タクトに合わせて
音程をきちりとはずしていた

耳の穴を通り
音波がひきこもりの蛇になって
蛇行してくる

そこでは
いっさい手綱をゆるめることは
なされなかったので
引きつった表情だけが
川の蛇行をひとりで釣り上げていた

綺麗に整頓された昼食というものも
もちろんあるものだが
ここでは少しだけ
登場人物を欠いていた

味覚の真相を静かに湯がいていき
持ち寄ってくるものに
少しずつ目を覚まされていった

誰がいつ思いついたものか
そのことのレシピが
濡れないように
傘を差して
料理へと歩いて行くのにつきそった

あれ、田中さんじゃありませんか
そこで出会ったひとが誰でもよかったので
とりあえず
ひとの名前をトレーに載せてみた

それが本当に田中さんであったとは
奇妙な一致である

とはいえ
相手は目の前の料理を丁寧に
受け止めただけなのかもしれない
先に名前を呼びかけたことで
相手の名前は不確かになり
フラ、フラッと音もなく
首を揺らすこけしとなった

雨上がりの水溜り
不安定になったその目が
首にはりついたまま
滑って水面をなぞる
さらに視線が反りかえり落ちる
あわせて身体が浮いた 落ちた

身体が浮くことと落ちることの間に
事態の
真相はない

そのことをまず断っておきたい
でも
田中さんが田中さんであってもなくてもいい
なんて
いまさら言えなくなってしまった

片面だけの縫いかけの登場人物だなんて
この納得のいかない想いを
田中さん
あなたは
いったい
どんな言葉で説明してくれるのだろうか

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