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イカロス

そろそろ寝ようかなぁと思った瞬間照明が消えたので、ついにエスパーにでもなったのかと思った。
それよりも幽霊がいると考えた方が現実的(どこが?)だと思い直し、急に背筋が寒くなる。
なんせ住もうとした家3軒ともが事故物件だった私だ。何か出てもありえなくはないと震えつつ、でも電気消してくれるなんて親切な人だなと嬉しくなって合掌して寝た。

翌朝、電気をつけてみた。
ピカッと光って、すぐにシュンと消えた。何度か試したが、蛍光灯はピカッ、シュンを繰り返し、ついに完全に沈黙した。
なんだ、寿命がきただけか。
謎が解けてホッとした反面、はじめての霊体験疑惑に浮かれていたので少しだけ残念に思う。

椅子兼お菓子箱の上に立ってプラスチックの丸いカバーを回し外すと、輪っかタイプの蛍光灯がむき出しになる。
これ、どうやって外すんだろう。
恥を忍んで告白すると、私は今まで一度も蛍光灯を換えたことがない。実家にいた頃はそれは母の仕事だったし、実家を出てからは電気を換える機会もなく転々と転居していたからだ。

垂直に顔を上げて蛍光灯周りに書いてある説明書きを読むが、読んでいるだけでぎりぎりと首が痛めつけられる。
結局この日は、カバーを外しただけでよしとして、その晩はろうそくを灯して夕飯を食べた。
その次の日には蛍光灯を買いに行こうと思っていたのだが、雨が降っていたので寄り道するのが億劫になり、この日もろうそくを灯して過ごした。
その翌日以降はずっと残業にまみれて心身ともに半死半生だったため、蛍光灯を買えないままに二週間が経ってしまった。結局ろうそくを灯すのは最初の二日間で飽きて、それ以降の夜はトイレの電気をつけてしのいでいた。
こんなことなら友だちと谷中銀座で遊んだ時にトルコランプを買えばよかったと少し後悔。
正直夜に本が読めないこと以外は特に不便はないものの、やはり取り換えようと腹をくくった。

そうと決まれば蛍光灯を外さねばならぬ。さも楽勝そうに丸型蛍光灯を取り外すマンションサイトの1分ほどの動画に勇気づけられて、意気揚々と蛍光灯に刺さっていたコンセント的なものを抜き、蛍光灯本体を外そうと試みる。
が、動画では易々と外れていた蛍光灯は、私が押しても引いてもビクともしない。
しびれを切らした私は、大小二つの蛍光灯をつなぐ「ω」的な形をした留め具ごと外すことにした。顔を垂直に上げているのがつらすぎるので何度か首や両腕をグルグル回しながら、三箇所にわたって蛍光灯を留めている留め具をドライバーで緩める。

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蛍光灯を外したところで、蛍光灯が備えつけられている台に書かれた説明書きが目に入った。
中央のいかにも重要そうな部分にある、赤いボタンを押すと台そのものが外れるという。最初っからそれをやっていたら、首を痛めることなく交換ができたのでは⁉︎
なんだよ蛍光灯、台ごと外せるなんてやるなあ!と喜び勇んで赤ボタンを押すと、カチリと小気味よい音がして、台が外れた。

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↑蛍光灯台が外れて

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↑天井があらわに。

ピザ職人のような手つきで丁重に台を床に下ろす。台の上が目に入るや否や、思わずギャッと小さく叫んでしまった。台の上で小さな羽虫がびっしりと死んでいたのだ。光源を目指して散った、無数のイカロスたちの屍だ。
突然の地獄絵図に動転して、危うく蛍光灯台を取り落としかける。
本当はブーメランよろしく蛍光灯台ごと外にぶん投げてしまいたかった。おびただしい数の亡骸を乗せた蛍光灯台が隣家や隣々家を越えて飛んでゆき、イカロスたちはキラキラと空へ還ってゆく。
少なくとも天井の真下で放置されているよりはマシな弔い方なのではないかと思った。
実際にはそんなことはできるわけもなく、死屍累々は卓上モップで絡め取られ、ゴミ袋に流し入れられ、上から少し清めの塩(ちょっと奮発して伯方の塩)をかけられた。ごめんなあ。

はたと近所に電気屋がないことに気づいて、己の迂闊さを呪った。
せっかくここまできたのに、肝心の新しい蛍光灯がなければどうしようもない。お腹が減ったので近くのディスカウントストアに夕食の買い出しに出たら、電気コーナーを見つけた。慌てて家に帰り蛍光灯を伴って再度来店し、我が家の蛍光灯を箱にあてがってみる。家のものよりだいぶ太いし、メーカーも違う。失意に沈んで、豆腐だけ買って帰る。

そしてそのままさらに数日が過ぎ、休日になった。蛍光灯のメーカーとサイズをメモって、いざ池袋へ。
気合い十分で電車を降り構内案内板を見て、愕然とした。出口だらけなのだ。
普段は池袋慣れした人と来ていたので、出口を気にしたことはなかった。しかも店が多すぎるせいか、どの方面に行けば電気屋があるのか書いていない。
困った。

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おぼろげな記憶では、西口か東口にビックカメラとヤマダ電機が屹立していたはず。
出口案内をアテにしていた自分を恨みつつ、一か八か東口に出てみた。あった!なんとなく頼もしさを醸している気がしたので、ビックカメラの本館へ。蛍光灯コーナーには、ずらりと蛍光灯も並んでいたが、LEDもさかんに紹介されていた。
そういや実家もLEDに換えたというし、彼氏の借家もLEDだと聞いたことがある。
少し心動かされたが、普通の蛍光灯の寿命もすごかった。なんと15000時間ももつらしいのだ。
平日家に帰るのは21時か22時くらいだから、一日の電気使用時間は3時間として、5000日=13.69年も使えることになる。13年後、私はおそらくこのアパートに住んではいないだろう。
13年後、力尽きた蛍光灯を取り替えた誰かがイカロスたちを空に還してくれることを切に願っている。

お読みいただきありがとうございました😆