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【展覧会レポート】ガラスケースの中に変化した「場面」を見る ”アンゼルム・キーファー: Opus Magnum"(おまけで少し保税の話)

東京青山のファーガス・マカフリー東京で開催中のアンゼルム・キーファー展にいってきました。
ヴィム・ヴェンダースが監督したキーファーのドキュメンタリー映画「アンゼルム “傷ついた世界”の芸術家」も公開されるので、そちらも楽しみです。

「Anselm Kiefer: Opus Magnum」
ファーガス・マカフリー東京
2024.04.01 - 2024.07.13



アンゼルム・キーファーとは

アンゼルム・キーファーは、戦後ドイツ最大の芸術家とも呼ばれるアーティストです。1945年、つまり第二次世界大戦終戦の年に、ドイツのドナウエッシンゲンという街で生まれました。フランスやスイスにも近いドイツ南部のシュヴァルツヴァルト(黒い森)の中にある街です。
戦争の傷跡がまだ生々しく残る戦後ドイツで、幼少期を過ごしたキーファーにとって、廃墟や瓦礫は身近な遊び場であり、想像力の源泉でもあったようです。

その作品の多くで、文学や歴史、宗教、神話、哲学、美術といったドイツの文化から、主題を取り上げています。また、ドイツの凄惨な戦争の歴史も頻繁に暗示されています。苦い歴史から目を背けるのではなく、深く見つめ直すことを強いるキーファーの作品は、決して居心地のよいものではないかもしれません。
それでも、作品のひとつひとつと向き合うと、切なさや悲しみ、少しシニカルな笑いも含む、美しさにあふれています。

「Anselm Kiefer: Opus Magnum」展の概要

展示はガラスケースの作品と、水彩画で構成されています。
展示の空間は2部屋に分かれていて、どちらもコンクリートの床に白い壁のホワイトキューブでありながら、入口からみて奥の壁は日本の障子を思い出させるデザインになっていて、奥から差し込む柔らかな光が室内に行き渡っています。

「アンゼルム・キーファー Opus Magnum」@ファーガス・マカフリー東京

キーファーというと壁画のように大きなサイズの絵画や、大規模なインスタレーションの印象があります。今回は比較的小さいサイズの作品群ですが、作品の質は高く、日本のギャラリーでまとめて見ることができるというのは貴重な機会だと思います。

キーファー作品を見る

ガラスケースの作品が多く、印象的だったので、ガラスケースの作品全体について見ていきたいと思います。(個別の作品もしっかり見たいのですが、それは別の機会に。。)

作品を見ていて気づくのは、ガラスケースに収められたモノが、錆びていたり、ひび割れていたり、変色していたりと、元の状態からは変化していることです。

モノの状態が変化する。
変化するのはなぜか。
錆びていくということは、長い時間が経過していること、その間誰にも使用されなかったことを想像させます。
かつてはある役割を担っていたものが、その役目を失い、人の目に触れることなく朽ちていく、そんな感覚を持ちました。

そうしたモノがガラスケースに収められている。
まるで長い時間放置され、忘れ去られた記憶や物語を閉じ込めた「場面」のようでもありました。
「場面」は、その出来事が起きた時を描いています。
しかし、ガラスケースに収められることで、その時の状態のまま、時間だけが過ぎていってしまったように見えてきます。

「場面」は、記憶や記録のなかでどのように変化したのか?
時が流れて、時代や私たち自身が変化することによって、「場面」のもつ意味は変化しているのか?
考えるべきことがここにあるよ、とアーティストが指し示してくれているようです。

キーファーはガラスケースの作品群について、ヨーゼフ・ボイスの作品から影響を受けたと語っているそうです。キーファーはボイスの言葉を借り、ガラスケースを「彫刻を舞台化する」ための場として利用していると言います。(※1)
ガラスケースに向き合ったときに「場面」と感じたのは、舞台と関連があったのかも、と感じました。

キーファーの密接に関係し合う作品と変容のプロセスは、通常隠されているものを明らかにし、明らかにできないものを隠し、知り得ないものの余地を残している。

「アンゼルム・キーファー:神学の廃墟における逆説と戯れ」デボラ・ルアー
「Anselm Kiefer: Opus Magnum」Fergus McCaffrey, 2024, P20


ある「モノ」が時間や空間の隔たりを経て、何を語りはじめるのか。
それを見て私たちがなにを感じ、どのようにその過去を語り直すのか、キーファーの作品はそんな問いかけをしているようにも見えました。

アートを見ること。

アート作品を見るときにどれくらい「見る」ことができているか?
美術系の学校などで作品を見る訓練を受けた人とそうでない人で、作品を見るときに目線の動かし方が大きく違っているのだそうです。

今回の展覧会でも、見ていたはずなのに、見逃していたポイントが、後からたくさん見つかりました。
人の目はすぐに知りたいことだけにフォーカスをしてしまい、見たいものばかりを見てしまいます。
「見る」ことは本当に難しいとつくづく思います。

絵画を見る方法の基礎については、とてもわかりやすく解説されている「絵を見る技術 名画の構造を読み解く」という本がわかりやすかったです。よかったら参考にしてみてください。


キーファー作品の流通について(おまけ)

流通について

今回の展覧会で拝見した作品ですが、価格の話をしてしまうと、セカンダリー・マーケットで販売された場合、1点数千万円はくだらないレベルの作品群だろうと思われます。特にガラスケースの作品はセカンダリー市場ではあまり見たことがないので、ほぼ流通していないのではと思います。
キーファーは、ギャラリーに対してアートフェアでの作品販売を禁じていると聞いたことがあります。
それは商業的に作品が扱われることに対してなのか、作品が展覧会やアーティストの意図から離れて商品として扱われることに対して問題視しているのかはわかりません。
今回の展覧会では、作品の販売もされているそうですが、単純に支払いができるだけでは購入することができない作品だろうな、と想像します。

美術品の保税制度について

また、展覧会を開催したファーガス・マカフリー東京が保税許可を受けたというニュースがでていました。
これは海外から作品を輸入する際に必要となる関税手続きを簡素化する仕組みなのですが、こうしたレベルの作品を取り扱う場合に、確かに有用だと思います。
ギャラリーに限らず日本で展覧会を行う組織(規模にもよりますが)にとっては、利用を一考する価値はあると思います。
とはいえ問題がないわけでもなく、保税についてはまた別の機会で書いてみたいと思います。


最後までお付き合いいただきましてありがとうございました!

(※1)「Anselm Kiefer: Opus Magnum」Fergus McCaffrey, 2024, P50

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