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外伝:南国の鬼

い駒さんがカスミアジを釣り上げた数年後。


僕は一人、サイパン国際空港に降り立っていました。

発端は、い駒さんの家で彼の握るお鮨をご馳走になった日のこと。


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彼特製の握り鮨に舌鼓を打ち、すっかりお酒も回った僕の「俺もカスミアジ釣りにサイパン行きたいなあ」という戯言のような一言に、い駒さんが「いいよ。行こうか」とあっさり了承、数年前のようにあれよあれよという間に2人旅行の旅程が決まったのでした。


ターゲットは勿論カスミアジ、もしくはtrevallyを冠するアジ科の大型魚です。

が、気のはやった僕は矢も楯もたまらず、い駒さんより1日早く本島に前入り。現地の天気予報でも散々「乾期らしからぬ荒天」と報じられていたにもかかわらず、15時サイパンに降り立ったのでした。


予報通り現地は生憎の雨。しかも風速7m、降水量5mmという中々の荒れ模様でした。が、過去に伊豆大島や八丈島で散々暴風雨に打たれた僕にしてみればそよ風・小雨同然です。


現地宿に着くや否や、風雨吹きすさぶサイパンの海岸へと飛び出していったのでした。


玄関を出ると、パタパタと絶え間なく横殴りの雨粒が全身を打ち、時折空気を塊にしたような突風が暴力的に吹きつけます。なるほど、確かに風裏に回ってしまえば釣りはできるものの(※)着実に体力は奪われる天候です。あまり長居はできなさそうだ。

※地形や遮蔽物で風が遮られる場所のこと


が、目的地に着いた瞬間、僕は目の前の光景に心奪われました。


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防風林に囲まれ、マングローブと砂浜が絡む入り江。澄んだ水底には青々と海藻が生い茂り、曇天と相まって底知れぬ物々しさを感じました。



間違いない、ここには絶対に何かがいる。
僕はいそいそと準備を始めました。



びめしから譲り受けた(新品同様に手入れされた)中大型魚向けリールを、やや価格負けする自前のコンパクトロッドに取り付け、早速ルアーを入り江に投げ込みます。


一投目からドラマがあるかと言われると、もちろんそんなことはなく。


少しづつ場所をずらしながら、正面、斜め45度、岸際と、なるべく丁寧に場を探ります。



が。



何も当たらない。


あっという間に入り江の先端にある堤防(Sunset Cruiseと呼ばれていました)まで辿り着き、再度もと来た道を探り直しながら戻っていくことにしました。



気付けば目的地到着から1時間半が経過していました。
相変わらず風雨の収まる気配はなく、雲が途切れる様子もありません。時刻は16時半を回ったことで薄暗くなり、人気もない中、自分の心身が冷え込んでいくのを感じました。


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もしかしたら今日は何もなく終わってしまうんじゃないか…


キャスト回数はとっくの昔に3桁を超え、疲労からルアーの飛距離もどんどん落ちていきました。



せめて疲れていても飛ぶような重いルアーを使おう…



そんなずぼらな思惑から、比重の大きいヘビーミノーを取り出し真正面のマングローブ目掛けて投げ込みました。



そういえば、昔これでサワラが偶然釣れたっけな…疲れ切った頭にぼんやりと過去の記憶が過り、何ともなしに竿をしゃくりあげたときでした。



どごん



寒さでやや蒼白くなった手元に、まるで車でもぶつかったかのような打撃音が伝わりました。


「は」


じりじりじり


間髪置かずリールが唸り、ずるずると糸が引き出されます。


「待って待って、え、何」


数秒間、僕は素っ頓狂な声を出しながら混乱しきりでした。

大きく撓り痙攣している竿先。

手元には竿を引っ手繰らんとする暴力的な重量感。


「魚?」


じりりり


返事をするように二度目のドラグ音。ここまで3秒ほどでしたが、やっと自分が魚と対峙していることに気づきました。


「や、ば」


極度に緊張もしくは集中して、雑音や喧噪が聴こえなくなり、無音かのように錯覚したことはないでしょうか。まさにそんな状況でした。

さっきまで騒々しかった風切り音や雨音は止み、耳が痛くなるほどの沈黙。


「巻かんと…沈んでる流木の方に走られるとあかんわ」


幸いにもPEラインは2号(強度は18kg)、リーダーは30lb(強度12kg)。障害物に擦れなければ切られる大きさじゃない。


が、この魚、本当に走る。暴れる。


右に左に、と思ったら急に近づいたり。

総じてシーバスよりも方向転換の切り返しが早く、サバよりもダッシュが速い。一瞬でも糸が弛んだら鈎が外れかねません。


「はっ、はっ」


気も抜けない状況に、今度は自分の呼吸が五月蠅く、気が散る。

掛かってから十数秒も掛かっていないはずでしたが、恐ろしく長い時間に感じました。


が、スタミナがそんなにない魚なのか、徐々にこちらに寄せることができました。


が、今度は大きくジャンプ。


「…シーバス?」


いや、細長い。ダツ…でもなさそう。


頭の整理がつかないながらも、とにかく魚をキャッチするまで気を抜くわけにはいかず、慎重に魚を寄せます。


生憎ランディングネット(掬い網)を持ってきていなかったので、そのまま岸の草むらにずり上げました。


「…よっしゃあ」


キャッチ成功です。

しかし、いったい何の魚だったのだろう?


近付いていくと、白い魚体が草と土の中で煌々と輝いて見えました。



「…バラクーダ」

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英名Barracuda、和名オニカマス(鬼梭子魚)。本州で食用魚とされるカマスの仲間ですが、この種は最大1mをゆうに超えます。


ハワイの運河で幼魚サイズ20-30cmを釣ったことはありましたが、この型は50cm近くありました(これでも若魚でしょう)


そして、釣ったルアーを口から外すと、


バキン



バラクーダがのたうち、口に掛かっていたフックがあっさり折れました。

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「やば…」


がくがくと足が震えました。それは釣れたことに対する喜びゆえか、底知れぬこの海に対してなのかは分かりませんでしたが。


「まだ、1日目なんだけど」


(終わり)




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