俺たちは雰囲気でカワハギをやっている
釣果自慢おじさんに面食らってから2週間後の週末。
「おはようございます~。2名、カワハギ便で予約したい駒です」
僕とい駒さんは品川区のとある船宿にいました。
ことの発端はい駒さんの1通のLINEメッセージでした。
初めての船アジ釣りで文字通り味を占めたい駒さん。
どうやら新しい魚種を仕留めに行こう、という意図のようでした。
しかしー。
当時の僕は最初、彼の提案に乗り気ではありませんでした。
カワハギ。「皮を剝ぎやすいから」という非人道的な名称とは対照的に、ひし形の愛らしい顔をした魚で、食味はフグに似て美味。特に冬は肝臓が大きくなりその肝を使った肝醤油で食べる刺身は高給鮨でしか味わえないほど絶品とされています。
ただ他方で、釣りを齧り始めたばかりの僕は、この魚が違う意味で有名であることを知っていました。
カワハギが釣り人の間で有名な理由、それはこの魚が「エサ取り名人」と呼ばれるほどに釣り餌を掠め取るのがうまく、初心者では餌を取られるだけで1日が終わるほどに釣るのが難しいとされるからでした。
船に揺られて8時間を過ごした挙句、釣果0匹は避けたい。そう思ったのです。
が、い駒さんはやる気でした。
そんな訳で、僕は内心「大丈夫かいな」と思いながらも、い駒さんアレンジのもとでカワハギ船に乗り込むことにしたのです。
流石にノー準備はまずいと思いながら、探り探りカワハギ釣りをネットで調べてみると、どうやらこういった具合のようでした。
(よく当時の記憶が残っているものです)
餌はアサリ。冷凍より剥きたての新鮮な身が好ましい
カワハギの口の大きさに合わせた小さな鈎を使う
好奇心が強く、派手な金属製の集魚板を仕掛けにつけると良い
とにかく魚信(エサに食いついた時の振動)が繊細で小さいので、専用竿がないと魚を鈎掛かりさせるのは至難の業。それなりの性能を求めると最低価格は2万円から。
グルメでアクセサリーが好き、そのくせモーションが分かりづらく専用の装備がないと針に掠りもしない。
「港区女子みたいな魚やな」
取りあえず1-3の最低限必要なものは自前調達し、一番高価そうな4.の竿とリールは船宿からレンタルして済ませることにしました。
い駒さんの気合の入れ込みようが伝わるツイートに圧倒されながら迎えた当日。
半ば不安を抱えながら船に乗り込んだ僕と意気揚々としたい駒さんは、1時間近く船に揺られた末に東京湾のカワハギ釣り聖地といわれる千葉県竹岡沖に到着したのでした。
覚束ない手で仕掛けを準備し、前日夜に慌てて観た動画に倣ってアサリを針につけてひょいと海に投げ込みます。
水深は30mほど。カワハギは海底付近をうろついている魚なので仕掛けが底に着くまで20秒ほど待つことになります。そこでふと、僕は重要なことを思い出しました。
「い駒さん、カワハギってただ待ってるだけじゃダメなんですよね?」
「みたいですね。なんか『叩き』と『弛ませ』っていうのがあるらしくて。竿を振ってカワハギを寄せて、そのあとに一度糸を弛ませてカワハギを餌に食いつかせるみたいです」
「なるほど。…どうやるのがいいんですか?」
「うーん…僕も今回初めてなんで…」
当時はYourube釣り解説チャンネルというのも少なく、サンプルとなるのは怪しげな本や大昔の動画のみ。こと技量が重要視される釣りでありながら、どのような釣り方が正解なのかは皆目見当がつきませんでした。
そんなことを言っていると、僕の左側にいる熟練者らしきおじさんが、おもむろに竿の根元を拳で軽くトントントンと叩き始めたのが目に入りました。なるほど、だから「叩き」というのかー。
「…とりあえずおじさんのマネをしてみましょう」
「ですね」
見よう見まねで竿の根元をトントン叩き、その後よくわからないながらに糸を弛ませます。数秒後、なんとなく糸を巻いて竿を立てるとー。
カンカンカン!!カンカンカンカン!!!
今まで釣った魚とは全く異なる、金属音でも響きそうな鋭いアタリが手元に伝わってきます。
「い駒さん!きた!!カワハギっぽい!!」
「僕もです!!!」
開幕早々ほぼ同時に魚が掛かった僕たちの声量は、周囲には間違いなくこの青年たちは初心者だろうな、とうかがい知れるほどの大きさでした。
上がってきたのは、何度か動画で観た愛らしいフォルム。
「い駒さん!!」
「ええ、いけますよ!!」
アサリを付け
形を整え
叩き
弛ませ
糸を巻いて
釣る
この「叩き」と「弛ませ」を駆使?し、それぞれ10枚程度にカワハギを釣り上げることができました。
大満足の我々は帰港時にはびめしに連絡、い駒さんの家で急遽カワハギパーティー開催とあいなったのでした。
「いやー、カワハギってそんなに釣れるもんなんだね」
と、サッポロビールをあおりながらびめし。
「いてっ!そうだね、思ったより全然釣れたよ」
と、追加のカワハギを捌こうとして、酔いで指を切ったい駒さん。
「思ってたより全然何とかなった。専用タックル買ってもいいかもな」
と、調子のいいことを言いながら、今日の釣行に思いをはせる僕。
結局、その日の僕とい駒さんは、釣り雑誌でもしきりに謳われていた「カワハギの繊細なアタリを取る」という釣法をついぞ経験することなく、カワハギを手にすることができたことになります。
疲労もあって酒がいつもより早く回り、ふわふわとした僕の脳内にはこんな1コマが頭に浮かんだのでした。
JB「カワハギの魚信?そんなものはー」
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