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味に出る経験の旨みと世代交代


タイ人の友人と話をしていると、時折「〇〇のソムタムが美味しい」という話題になります。
ソムタムは、パパイヤサラダのこと。
一番基本的なソムタムの材料は、パパイヤ、唐辛子、ささげ豆、トマト、にんにく、ピーナッツ、乾燥エビ。調味料には、ライム果汁、ナンプラーとココナッツシュガーを使用します。

たったこれだけの材料を臼に入れて、
ポクポクと軽く潰して和えるだけで、
何百万種類の味ができてしまいます。

この味。

ここ十数年の中で私の友人と私も一番美味しいと思っていたソムタム。一緒に食べにいったことはない場所だけれど、意見が一致していたお店が一軒あります。それは大型スーパーマーケットにあるフードコートの中の一店でした。

美味しいと”思っていた”味。残念ながら過去形です。

フードコートの一角のその店の主人は高齢の女性でした。
4年ほど前から傍に若い女性たちの姿があり、どうやらその女性たちに教えている様子でした。

おばあちゃんがつきっきりで作り方を指導し、
その通りに作る若い女性。

どんなにつきっきりで教わっていても、若い女性が作るソムタムの味はやはりおばあちゃんの味とは全く違いました。

その後しばらくずっと、おそらく半年〜1年くらいでしょうか、おばあちゃんとその若い女性達が店先でソムタムを作り、

「あ、今日おばあちゃんだ。」
という味と、

「あ、今日は違う。若い子だ」
という味が入り混じり、

2年ほど前にはおばあちゃんの姿はなくなってしまいました。
お店を完全に若い方達に引き継がれたようでした。

材料も使う道具も同じ。
レシピも同じ。
作り方も同じ。

それでも全く違う味になってしまうのです。

ソムタムを作る時、
誰も計量スプーンやカップなどは使いません。
使い勝手の良い、自分で選んだテーブルスプーンを使うのが主流です。

作っている工程をずっと見ていても、
誰一人として”味見”はしません。

それでもおばあちゃんの味はいつきても同じ味でした。

決して若い女性の作るソムタムがまずいわけではないのです。
ただ、これからもうあの味を味わえないと思うとちょっと残念なんです。

タイ人の友人も同じことを言っていました。

この3年で、私のお気に入りだったおばあちゃん、おじいちゃんが店主として料理を作っていたお店が軒並み閉店しています。どうやらあのパンデミックをきっかけに引退されたようです。

私が祖母の食で育ったせいでしょうか、
それともたまたま好みの味を出す人が高齢だっただけかもしれませんが、

私がタイで本当に美味しいと思う料理は、経験を長く積んだ高齢の方の作る料理であることが多いです。

特にソムタムは、煮たり焼いたりせず、数少ない生の材料を潰し和えるだけ、リズミカルに5分以内でできるとてもシンプルな料理です。そのためか、その作り手の個性・経験がとても味に出やすいのだと思います。

私の作るソムタムは私の味がします。ようやく私の味が出てきたようですが、
まだまだ”味見”をしながらできる味です。

私が美味しいと思った味を再現できたらなぁとよく思います。

そこには、
私が生きている間は私自身がその味を味わえるという食いしん坊な想いと、
その美味しい味を絶やしたくないという想い、
そして私が美味しいと思う味を大切な人と一緒に楽しみたという想いがあります。

ソムタムのおばあちゃんの傍で学んでいた若い女性はおそらく十代〜二十代前半。彼女達自身がソムタムを作り続けて、彼女達が美味しいと思う味に数十年後たどり着くのでしょう。それはきっと彼女達の世代の人たちが美味しいと思う味なのかもしれません。世代毎に美味しく感じられる味も違ってくると思います。

ソムタム専門店ではなくても、美味しいソムタムを出すお店はあります。

そういったお店の方々は若くておそらく4-50代、
とても慣れた手つきで、素材、調味料を臼に投げ込み
心地よいリズムを刻みながら、棒で時にはつぶし、大きなスプーンも使いまわし混ぜていきます。

そしてかならず二つ臼を用意しています。

一つは、カニ(や発酵した魚を漬け込んだその液体と魚の身が混ざったナムパーラーを使う場合も同じく)を入れるソムタムを注文する人用。
もう一つは、カニを入れないソムタム用です。

カニやナムパーラーを入れるソムタムが苦手な人はタイ人でも多くいます。匂いや味もそうですが、カニでお腹を壊す人もいるからです。私もその一人。
一つの同じ臼で作ってしまう場合、前の人がカニ入りを注文してしまうと、自身のカニ無しのソムタムもかなりカニ臭くなってしまうのです。

臼を二つ持ち、そして毎回ソムタムを作るごとに臼の中を水ですすぐ方のソムタムは大概美味しいです。前の人の味と辛さを次の人に影響させないための心遣いがちゃんと味に反映されていると思います。

ソムタムは、その作り手の心遣いと経験が味に出ます。
上に「若くて4-50代」と書きましたが、年齢が重要ということではなく、どれだけ長く多くのソムタムを作ってきたかの経験値ではないかと思っています。
経験の量でその人の味がしっくりと定まってくる。

いろいろな経験から創られる味。
それぞれその味を美味しいと思う人。

”美味しい”も人それぞれ。

うまく伝わらないかもしれませんが、
その人の今の美味しいを作り続けるのが大切なのかなと思うのです。

作り続けることが、人とその土地の文化が色模様を変えながら紡ぐこと。

作る人がいて、
食べる人がいる。

作る人がいて、
食べる人がいる。

食べた人が作って、
またそれを食べる人がいる。

それを繰り返すのが人間。

また美味しいソムタムに出会いたいな。

そして私のソムタム、美味しくなーれ!




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