小説 : ゴミムシのカラオケ

登場人物紹介

わたし(高校2年生)
 剣道部に所属しており、コミュ障である。センパイに憧れている。

センパイ(高校3年生)
 わたしの一学年上の先輩で、剣道が得意。爽やかでみんなの人気者で、わたしの憧れの存在

本文

カラオケボックスの光がちかちかと瞬いて、空気は熱気と緊張で満ちていた。私は隅の席に座り、周囲のざわめきに身を任せながら、友人たちの歌声に耳を傾けていた。センパイがステージに立つたび、部屋の雰囲気は一変し、皆が手拍子を送る中、私の心は高鳴りを隠せなかった。

その日、わたしは剣道部の先輩たちと一緒に、センパイの引退試合の打ち上げでカラオケに行くことになっていた。わたしにとってカラオケは未知の領域で、どのように振る舞っていいか分からず、事前にネットで様々な情報を収集していた。憧れのセンパイが好きなアジアンカンフージェネレーションの曲、「君という花」を家のお風呂で何度も何度も練習した。センパイに好感を持ってもらえるかもしれないという一縷の望みを胸に。

カラオケ当日、わたしはみんながデンモクで曲を選んでいく様子を、端から観察していた。センパイは得意げに「リライト」を歌い、その完璧なパフォーマンスに会場は盛り上がった。やがて、そのデンモクがわたしの手に渡ると、緊張で手が震えた。深呼吸をして、「君という花」を入力する。曲が決まる瞬間、周囲から微かなざわめきが起こり、センパイの表情も一瞬、曇ったように見えた。

「あれ?これセンパイの好きな曲じゃないのかな?」と不安に駆られながらも、マイクを握った。曲が始まると、緊張で声が裏返り、顔は真っ赤になった。しかし、わたしは必死に歌い続けた。「決して上手くはないけど、センパイの好きな曲を歌い切りました!」と心の中で叫びながら、センパイの方を見た。だが、センパイは他の部員と笑いあっており、わたしの歌にはほとんど興味を示していないようだった。一瞬だけこちらを見た彼の眼差しは、まるでゴミムシを見るようなもので、その視線が心に突き刺さった。

その夜の記憶は、泣きながら家に帰ること以外、ほとんど覚えていない。今37歳になったわたしは、あの夜のセンパイの眼差しを今も忘れることができない。彼は今、どこで何をしているのだろうか。今でもあの夜の記憶は鮮明で、センパイの冷たい目は時折私の夢に現れる。


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