瞑想中のプロセス「身随念(アーナーパーナ・サティ)」

呼吸への気づきの瞑想について、プロセスを見ていこう。ここでは、一般的には初心者から上級者まで、霊的に見れば霊性への本格的な参入までとなる。

リラックスして、おおまかに呼吸を捉える。
なにも意識せずに、ただ呼吸をしているのを感じるだけにする。

呼吸がはっきりしてきたら、まずは概念(言葉)として「吸う」「吐く」と念じて捉える=ラベリング
このとき、呼吸に伴う身体の動きや感じにも意識を向ける。
頭、胸、肩の動きなどがはっきりしているときは、それらは気にせずに、ただ「吸う」「吐く」と知っているだけにして、身体を落ち着ける。

このただ知ること、それが基礎であり、あるがままに通じる重要なこととなる。

早く先に進めたいと、一生懸命に瞑想法に取り組んだり、技術の習得に励むのは、遠回りになることもある。

念をそなえて入息し、念をそなえて出息する

これが、アーナーパーナ・サティの全体の要約となる。
これを展開して、十六の項目に分けて実践する。

その内の始めの四項目が、身随念に対応している。

一.息を長く吸っているときには「息を長く吸っている」と知り、息を長く吐いているときには「息を長く吐いている」と知る。

二.息を短く吸っているときには「息を短く吸っている」と知り、息を短く吐いているときには「息を短く吐いている」と知る。

身体が静まってくると、お腹の動きがはっきりしてくるだろう=腹式呼吸
しかし、腹式呼吸をしようとするのではなく、自然とそうなるまで待つことが肝心。

そうしたら、お腹の「膨らむ感じ」「縮む感じ」に意識を合わせる。
はじめは、補助的にお腹に手を当てても良い。

ここで、2つのことを同時に行うこととなる。
・「吸う」「吐く」のラベリング(概念)
・「膨らむ感じ」「縮む感じ」の身体の感覚

※ちなみに、ラベリングを「膨らみ」「縮み」にすることもできる。
その利点は、身体の感覚と、ラベリング(概念)が直接的に一致しているため、捉えやすい点にある。

この心(思考機能)の働きである概念と、身体感覚を、バランス良く調整していく。
「1:1」と言ってもいいが、そもそもそれがどんな感じのバランスなのかは、自分で見つけなければいけない。
うまくバランスが取れているときは、調和されているいい感じがするだろう。
バランスが崩れると、瞑想の障害がはっきりしてくる。

瞑想の障害とは、以下の5つにまとめられる。
1. 怒り(苛立ち)
2. 欲(じっとしていられない)
3. 心のざわつき、後悔
4. 眠気、無関心
5. 疑い(思考)
これらの対処の仕方は、その人の資質によって異なるだろう。
瞑想のガイドブックにあるものや指導者に教わって、自分に合うもの、やりやすいものを見つけよう。

実際に、瞑想中にやることと言えば、なにか集中したり、統一したりではなく、これらの障害に平静に対処していくことだ。


瞑想を先に進めよう。
概念と身体感覚の2つをバランス良く捉えていくと、心と身体が調和して楽になっていく。
すると、身体の「膨らむ感じ」「縮む感じ」が捉えられなくなる。

なぜだろうか?

そもそもこの「膨らむ感じ」「縮む感じ」とはなにか?
それは身体を構成する四大元素(地水火風)の風の要素である推進性(振動)である。

それまで、その風の要素を部分的にお腹で感じていた。
しかし、心身が楽になると、認識が広がって、部分から身体全体を感じられるようになる。

そこで、身体の動きという粗雑な感じから、微細な振動の感じとして捉えるようになるため、「膨らむ感じ」「縮む感じ」が外れていく。

※ここで、ラベリングを「膨らみ」「縮み」にしている場合は、ラベリングを別のものに変えなくてはいけない。
ここまで来ると、アーナーパーナ・サティに進むか、四大分別観に進むか分かれる。
ちなみに、四大分別観に進む場合は、四大元素の別の要素を観ていくことになる。

すると、次に鼻先で息の出入りを感じられるだろう。
集中が深まっていくと、息そのものが粒子状(風の元素)に見えることもある。

ここでは、以下の2つを同時に行っていることになる。
・「吸う」「吐く」のラベリング(概念)
・全身の微細な振動(身体感覚)

これが、経典では以下に対応する。

三.「全身を感知しながら息を吸おう、全身を感知しながら息を吐こう」と訓練する。

繰り返しになるが、これらはこのようにやるのではなく、心と身体が静まって統一されてくると、自然とそうなる。
それまで、瞑想の障害に対処しながら、ただ待っているだけ。

身体が静まれば、呼吸も静まり、するとラベリングもどんどん微妙なもの(言葉→思考→認識)へとなっていく。
息が認識できなくなることもあるが止まっているわけではない。
光が見えることもあるかもしれないが、気にせずにそのまま続けていく。

ラベリングとは「考える」働きで、→部分(緊張)。
全身の身体感覚は「感じる」働きで、→全体(リラックス)。
この部分と全体、緊張とリラックスのバランスを取っていく。

あとは、ひたすらその時が来るまで、2つのバランスを保つのだ。

次に起こることは、経典で以下のように説明される。

四.「身体の作用を静めながら息を吸おう、身体の動きを静めながら息を吐こう」と訓練する。

詳細は別に説明をすることとして、簡単にまとめておこう。

静めようとするのではなく、待っていれば自然と身体に属する性質が静まってくる。
すると、サマーパティ(合一)が起こる。
そして、合一によって、それそのものをあるがままに見る
あるがままに見ることで、「この身体がある(身体≠自己)」という智慧と気づきが生じる。
そして、一瞥(涅槃を見る)をすることだろう。

これで、身随念が終わり、次の受随念へと進む。

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