「真摯さ」という資質

太鼓持ちをしたいわけじゃないし、固有名詞は書かないけど。

自分が大好きなアイドルが複数所属している事務所の社長さんが、世渡り上手とか何でも器用にそつなくこなすとかって感じじゃないんだけど(いきなり失礼ですいません、あくまで印象です)、とても真っ直ぐで、一生懸命で、熱くて、裏表がなくて、作る音楽はどれもすばらしくて、社員さんや所属アイドルたちにとても慕われていて、本当に、この業界がこの人みたいな人ばかりならいいのに、と思う。

こういう才能、というか資質を、なんと表現すればよいのか悩んで、ちょっと調べてみたら、integrityという言葉を見つけた。
日本語に訳すなら「真摯さ」らしい。

上のリンクに言葉の意味というかニュアンスが詳しく書かれていてとてもわかりやすかったので引用する。

「integrity」をYahoo!の英和辞典(プログレッシブ英和中辞典)で調べると、「正直、誠実、高潔、廉直」という、やはりそうかといった訳が出てきました。
そこで、英和ではなく英英辞書(Longman)で調べたところ、以下のような説明が出てきました。

the quality of being honest and strong about what you believe to be right

あなたが「正しい」と信じていることに関する正直さと強さの質

自分がこうだと思っている信念は決してうそや偽りがない(心から思っている)ことで、時と場所によって考えが変わることもない、といったところでしょうか。

つまり、integrityとは、「正直さ」や「誠実さ」が一貫している、という意味なのではないかと考えました。

どれだけ態度が悪くとも、固い信念をもって仕事に取り組む人の方が、他人の顔色をうかがってばかりで信念など持っていない八方美人な人より素晴らしい、ということなのかもしれません。

八方美人のような「正直さ」に欠ける人は問題ですが、逆に正直だけど「誠実さ」に欠ける人も問題だと思います。

例えば、誠実さに欠ける医者から「あなたはガンです。今後は闘病生活です」とストレートに告知されたら、患者の落ち込み方は半端じゃないでしょう。誠実さを持っていれば、言葉の選び方やタイミングなど、患者の精神的なダメージを抑える伝え方を考えるはずです。

いろいろ調べて、考えた結果、「一貫した正直さ」と「一貫した誠実さ」を持って仕事(組織)に貢献することが「真摯さ」なのだと思いました。

「真摯さ」を、薄っぺらい言葉で表現するなら「真面目さ」や「熱心さ」なんだろうけど、どうもニュアンスが違うと感じていたところで、この「一貫した正直さと誠実さ」という表現を見て、すごく言い得て妙だと思った。

そう、自分が感じる、この人のすごいところは、「真面目」とか「熱心」とかのありきたりな言葉ではなくて、まさに「正直さと誠実さが一貫しているところ」だと思う。
本人を知らないくせに勝手なことを言っていることは百も承知なんだけど、ひとりのヲタクから見てそう見えているわけだし、また、それを意識して作っているようにも見えないので(すいません)、そんなに的はずれなことは言っていない気がする。

英英辞典の訳そのままだけど、「正しい」と信じていることに関する正直さと強さの質。
つまり、自分がよいと思う音楽、よいと思う会社の方針、それを、TPOや相手にかかわらず貫く姿勢が、周囲の信頼(believeではなくtrust)を厚くするし、演者の心身とパフォーマンスの安定につながり、ヲタクも安心して推すことができる、という、とてもよい循環が生まれているのではないかと思う。

自分はもちろんただのヲタクだから業界のことを何もしらないけど、中にはあまり評判の良くない事務所やイベンターもいるというし、そういうなかでどんどんアイドルたちが心身をすり減らして病んでいくのはヲタクとしてとてもつらい。
そんななかで、いちばん上のひとがこんなふうに真摯さを貫いてくれたら、所属しているアイドルはどれだけ心強いか、と、ひとりで想像して感動している。

自分も仕事のうえでなるべく誠実でありたいと常に思っているんだけど、さまざまな事情で、自分のやることに勝手に限界を決めたり、妥協したり、諦めたりすることが、どうしても出てくる。
自分の信念を曲げてまで、妥協したり諦めたりするつもりはないけど、でも、「本当はもっとやれたのかも」って、あとで思うことだってないわけじゃない。その境界ってとても難しい。

だから、この社長の生き方をすごく尊敬するし、見習いたいと思う。
勝手に想像して勝手に尊敬しています。


ちょっと話が大きくなってしまうけど、これからの時代って、多くのことがAIで代用可能になって、どんどん人間がやらなければならないことが減っていくはず。
そんな状況になると、働く人間の資質って、個人の能力の高さってあまり重要視されなくなって(その部分はAIがやってくれるから)、結局その個人の人間らしい資質の部分が重要視されるようになってくる、というのが自分の持論なんだけど、そこで最も大事になってくるのが、この「真摯さ」なんじゃないか、と改めて思った。
「一貫した誠実さと正直さ」、これが、結局、AIの時代になっても、人と人とのコミュニケーションを築く上で、いちばん大切であるのは変わらないんじゃないかと。
別に、コミュニケーションが得意であったり、社交的であったりする必要はない。それは真摯さとイコールではないし、むしろ、時には空気を読まずに自分の信念を貫き通す方が大切な場合もあるから、他人にいい顔をすればいい、というものでもない。

学生時代、他の分野に進むことが決まっている友人に、「技術が進歩して、脳の働きが解明されたら、精神科なんかなくなるんじゃないの?」と冗談半分に言われたことがある。
別に不快にも思わなかったけど、そんなことないんじゃないかな、とも思っていて、ただ、その理由をうまく説明できないから、そのときは曖昧な返事をしていた。

今なら、そうじゃない理由がはっきりわかる。

どんなに技術が進歩しても、コミュニケーションは人と人とで成り立つものだ。そして、コミュニケーションにおいて重要なのは、内容だけではない。誰に言われるか、ということも、同じか、それ以上に重要なのだ。

例えば、血液検査や画像検査の結果をAIが総合的に判断して、人間より正確な診断と治療をする時代はもう目の前だ。そうすると、診断方法や治療方法が確立しているような疾患であれば、医者はいらないのかもしれない。
でも、精神科の場合はどうだろう。うつでも、神経症でも、症状から診断は可能かもしれない。推奨される処方薬も推定できるだろう。でも、うつになる原因はひとりひとり違って、その患者さんの数だけ病気があるのだ。そして、そのストレスに対して、本当の意味で共感できるのはやっぱり人間なんじゃないだろうか。AIが定型文のような共感をしてくれたからといって、患者さんは救われるのだろうか?信頼している人間の言葉だからこそ、多少耳の痛い言葉でも受け止められるのではないか?

ただ、もちろん、それは「人間だから」という理由だけでAIに勝っているといえるわけではない。話すと不快になるような人間とコミュニケーションをとるくらいならAIの方がよっぽどマシだ。
だから、結局、AIの時代に生き残る人間は、真摯さ、つまり、一貫した誠実さや正直さのある人間なんだと思う。優秀であれば人間性は問われない、なんていう時代はもう終わる。というか終わってほしい。少なくともAIが代用可能そうな分野においては。

技術が進歩すると人間的な部分が必要なくなるのではなく、むしろ、より人間の本質的な資質の方が重要視されるようになる。
というのが自分の予測であり、同時に願望でもある。


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