正解より納得を

勉学はいいよね、わかりやすい正解があるから。

世の中のほとんどのことは正解なんかない。無数にある選択肢の中から、とりあえずよさそうな未来を選び取ってくしかない。
人間は神様じゃないから。未来がわからないから。そして、正しいかどうかは結果の中にしかないから。

だから、正解を求めてはいけない。正解を求めることは正解ではないんだ。きっと。

たぶん正解はたくさんある。もしかしたらどれも正解なのかもしれない。
これでよかったんだ、と思えるなら、それが正解。
逆に、まわりから見れば成功しているように見えても、本人に後悔があったら、それは正解ではない。

だから、必要なのは、本当は、正解ではなくて、納得なんだ。

正解しようと思ってはいけない。
正解かどうかなんて未来にならないとわからない。
未来がわからない人間に必要なのは、たくさん考えて、自分でその道を選んだ、という、納得。

その道は、結果的には行き止まりかもしれない。でも、その道が行き止まりであることは、行ってみたからはじめてわかることで、行かないと一生わからない。
ちがう道に進んでいたとしたら、その道が行き止まりであることがわからないから、もしかしたら、一生、「あっちに行ってみればよかったな…」って思い続けるのかもしれない。
だから、その行き止まりの道に進んだことではじめて得られるものがあるし、それはきっと失敗ではないんだ。

しかも、価値観は人それぞれだから、ほかのひとに価値がないものでも、その人にとって価値のあるものを得られたのなら、それは間違いなく成功だし、正解だよね。

命より大切なものは、ある。何を大切に思うかも、人それぞれ違う。
人生の意味は結果ではなく過程にあるから、自分の生きたいように生きて、最後の瞬間、納得できるのであれば、誰がなんと言おうと、それはよい人生。

正解を求めることは失敗を恐れることにつながる。失敗とは、うまくいかなかった、という経験を得るということだ。失敗から学ぶことはとても多い。そもそも失敗していないと、正しい道が、正解かどうかもわからないことだってある。

世の中はしばしばとても理不尽だから、いつも正解を選ぶなんて不可能だ。
そして正解だけの人生なんて絶対つまらない。スパイスのない料理みたいなもんだよきっと。知らんけど。

ほかの誰のでもない、自分の人生を生きよう。最期、笑って死ねたら本望だよね。

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