イヤリングをつけなくなって

店先の赤いポスターはてっきりクリスマスイベントの宣伝だと思っていた。近づいてみると『閉店セール』とある。

用があって久々に都会へ出たので、昨年までよく立ち寄っていたアクセサリー店の前を通ってみたのだ。会社に勤めていたとき、気持ちが塞いでにっちもさっちもいかなくなるとここへ来て、疲れてぼーっとした頭できらきらまたたく光を眺めていた。


あれから外出する機会はめっきりなくなり、オシャレに対するお財布のひもも一段ときつくなった。中でもイヤリングはマスクの紐に引っかかる。取り外した拍子に落こっとしそう。新しく買い求めようという人はずいぶん減ったに違いない。私も本当のお気に入りだけを残して売りに出してしまったし、こういった世の中の流れも閉店に影響を与えたのかもしれない。次ここへ来たときは見慣れぬ店が飄々と立ち現れるのだなあと思う。無性に”買い納め”しておかねばならないような気がして、吸い込まれるように足を踏み入れていた。


この店には数年通っていたが、店員さんと私的な話をしたとか、顔を覚えてもらっているとか、常連らしい思い出はない。ただそこで扱っているとあるブランドを気に入っていた。

私は指が細いので、安物のフリーサイズのリングはぶかぶか。指に対して幅が太いのかどうもおもちゃっぽく見える。高級品に手を出さないと指先のおしゃれは楽しめないのかなとしょぼくれていたときに、このブランドに出会った。リングにイヤリング、ネックレス、どれもこれも華奢なのだ。金属というより糸のように繊細で、ちょっと強く握ればつぶれてしまいそう。小粒のパールが埋まっていたり、黒曜石みたいなモチーフになっていたり、個性的なデザインがさりげなく目を引いてくれる。シンプルなコーディネートも一気におしゃれ上級者に。

2000~3000円程度の値段もちょうどいい。仕事帰りに衝動買いの快感も味わいつつ、プチごほうびの達成感もある。好きなアクセサリーをつけるようになってから、お札を出すとかエレベーターのボタンを押すとか、ひとつひとつの仕草もわくわくすることに気づいた。こだわりのアイテムがひとつ増えれば楽しみもひとつ増えるんだな。


白い照明にきらきらと輝くアクセサリーたちはお家に迎えられる最後の機会を待っている。何度も足を運んできたが、お気に入りのブランドは季節を気にせず使えるのでセールになっていたことがない。それが30%オフとあれば利用しない手はない。ごろごろとモチーフが連なったモードなものやレースのついた甘めのものまで雑多な中からお気に入りのブランドを掘り出す。心の隅にひとひらのさみしさは居座っていたけれど、この宝探しに自然と胸が高鳴る。

惹かれたイヤリングを鏡の前であてがってみた。顔まわりがぱっと華やかに。パールが揺れるたび誘惑するように光沢を帯びる。肌が一際白く見え、マスクが落とす陰も気にならない。くすんでいた日常ごと遠のいて、私も捨てたもんじゃないなって気分。丸くなっていた肩もぴっと伸びる。久しぶりのイヤリングに心が踊る。結局、計2点をお買い上げ。


家に帰ってからブランド名で検索してみると、わざわざあのお店に行かなくともネットで購入できることが分かった。そこまで名残惜しくなることもなかったかなと思いつつ、商品を物色。店頭に並んでいたのと同じものも販売されている。だが一向に欲しい衝動が沸いてこない。そりゃ、さっき物欲を満たしたばかりなのだけど。

写真では細やかな装飾が伝わりにくいし、実物のツヤや色味が想像しにくい。なによりあてがった瞬間に鏡の中の私が一気に輝きを放つあの嬉しさ、トキメキ。くじけそうになる毎日もなんとかつないでいけそうな気がするあの魔法にかけられて、お財布を出しちゃうところってあるじゃない。

アクセサリーと出会う喜びも身につける楽しさも、お店と一緒にひとつ減ってしまったんだなあとやっぱりさみしい。小さな幸福で日々をつなぎとめながら生きている自分はちょっぴりいとおしかった。だけど、そのことに気づけたから閉店前に行けてよかったのかも。せっかく縁があって私の元にきたアクセサリー。お店の鏡の前だけじゃもったいないから、もっとたくさん使ってあげよう。お出かけじゃなくたっていいじゃない。


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