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〝フェリー泊〟に憧れて【癒しを求めて別府旅①】

「フェリーっていう手もありますよ」

同僚の一言にスマホをなぞる指が止まった。
後輩と別府旅行の計画を立てていたが、予算を前に「夜行バスかあ」「夜行バスなあ」「夜行バスねえ」というお決まりの逡巡の只中だった。


「雑魚寝なら片道1万円切りますし、売店も大浴場もゲームセンターもあるんで結構快適ですよ」


いつにもまして饒舌に語る同僚。
確かに夜行バスは乗車前に風呂を済ませておくのがやっかいだ。早朝には乗り換えもある。なにより長時間身動きが取れない苦しさよ。

それが海の上なら風呂あり!ゲームあり!夜はごろんと寝転がれる。なんと優雅な!そしてそこはかとなく漂う〝合宿感〟!じわじわと私の童心をくすぐってくる。せっかくなら移動中も旅したい。

「よし、フェリーでいきましょう!」
後輩も楽しそうですねえと目を輝かせた。とはいえ、フェリー初心者2人ではちょっと心許ない。

「せっかくなんで3人で行きましょう!」

旅は道連れ。助言をくれた同僚も強引に仲間に。
かくして年齢も社歴もごちゃ混ぜ、全員敬語の同僚女子3人旅が始まったのである。

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全面に絨毯が敷かれたエントランスは高級ホテルさながらのまばゆさ。受付では制服姿の乗務員さんがお出迎え。客室へと続く階段も金メッキが施され高級感を醸し出している。

利用したのは大阪港と別府港を結ぶフェリーさんふらわあ。国内航路の中でも最も古いということで、船も年季が入ってるのかなあと想像していただけに歓声がもれる。

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デッキに出ればこの夜景。
柵に身を乗り出すと、10月の冷たい夜の風が髪をさらっていく。真っ暗な海と空の中にぽーんと放り出されたような寂しくも開放的な気持ち。

ラウンジに行くと既に人で溢れかえっていた。テーブル席には早くも赤ら顔のおじさまおばさま。パソコンを広げた人たちは貴重なコンセントを誰にも譲るまいとカウンター席に座り込んでいる。壁の大画面テレビだけが所在なげにニュースを流していた。

一通り探索を終え、我らが客室へ。二段ベッドタイプや個室もあったけれど、ここは節約!雑魚寝の24人部屋だ。非常ドアのような重たい扉を開けると、さっきまでの高級感はどこへやら。壁に張り付いたテレビと低い棚だけの空間。がらん、と効果音が聞こえてくるような簡素さだ。

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自分のスペースはぴったり布団一枚分。壁の番号に謎の引っ掻きキズ。あれ?私囚人でしたっけ?

だがそこに非日常感を見出してより高ぶってしまうのが旅の恐ろしさ。乗船前に買い込んだお菓子を3人分のスペースいっぱいに広げ、酒を掲げる。囚人たちの楽園が完成だ。

その日はラグビーW杯の日本戦。同じように酒盛りセットを囲んだ同室者たちと試合を見守る。図らずも客室はパブリックビューイングに!全力で体と体をぶつけ合う男たちの汗と熱にもう釘付け。点が入れば拍手が響き、攻め込まれれば悲鳴が上がる。たまたま巡り合わせた人たちと盛り上がり、がらんどうの部屋に一体感が満ちていく。


私は不意に部屋の片隅のコンセントに目を向ける。確認できるかぎり室内にはこの1カ所しかないはずだが、さっきからずっと空いている。使っていた人もいるけれど、15分ほどで次の人のために譲る。私もモバイルバッテリーを2本持っていたので、ひとつ同僚に貸し出した。ふとラウンジのカウンターに群がっていた人たちを思い出す。ケータイ、パソコン、タブレット端末、タブレット端末用のペン、ワイヤレスイヤフォン、カメラのバッテリー、音楽携帯機器、そしてそれらを充電するためのモバイルバッテリー……私たちのかばんは充電が必要なもので溢れている。

だからこそ、本当に必要な人のために。

空けっぱなしのコンセントは名前も知らない24人の優しさだ。その後電波が入りづらくなり中継が途切れても、消灯時間がきて寝静まっても、2つの穴は空いたままだった。

私たちはコンセント不足時代を生きている。満タンのモバイルバッテリーは気遣いであり、それはもうマナーの域にきているのかもしれない。100年前にこの航路で別府を目指した人はそんなこと思いもしなかったであろう。遠く聞こえる波音にぼんやりと身を委ねた。



船上での過ごし方やあればよかったと思ったものなど、より詳しい感想を画像にまとめています!九州への交通手段に是非フェリーを検討してみては!(正確な情報はさんふらわあの公式ホームページでご確認ください)

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