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引き裂くもの

 彼のぬくもりを感じながら眠りに落ちるのが好きだった。愛する人の腕の中は落ち着いて、ほっとできる。素肌と素肌で抱き合ったときの何とも言えない心地よさは、生きている悦びのひとつだった。

 でも最近、彼に抱きしめられて眠るのが嫌になってきた。もっと言うなら、同じベッドにいるのがしんどい。
こだわりで選んだフレーム、厳選したマットレス、上品さにこだわったシーツと枕、軽い掛け布団。私の好みで作り上げたクイーンサイズの寝床はとても心地よいのに、最近は横たわる気になれない。

 原因はわかっている。私の中でバランスを失ったものがあるからだ。バランスを取り戻そうとあがく私の努力は、不安定の前にあっけなく敗れ去る。医者にかかっても改善せず、私は内身の嵐に翻弄され続ける。
私は望んでないのに、容赦なく変化を強制させられ、衰えさせられる。私は必死になんとか適応しようともがぎ、脱出するすべを模索しつづけている。

 何歳になっても甘えん坊の彼は、絶対さみしがってる。それは分かってる。私の愛は変わっていない。今も彼が大好きだ。
愛情に反して、彼の体温に耐えられなくなってしまった。彼はこんな私を見守ってくれる。不満や文句は一言も言わない。私自身がどうしようもない戦いを強いられているのを、理解しているからだ。とても有難い。

 しかし、もはや彼だけでなく、私も自分自身の熱に耐えらない。この熱は予兆なしに私に襲い掛かる。襲われた私は、逃げようとあがく。強烈な熱感は耐えがたく、気温に関係なく汗が噴き出す。 

 夜更け、彼が眠ったのを見計らって私は一人ベッドを抜け出す。寝室を離れ、暗いリビングへ行く。そしてフローリングに直に横たわる。フローリングはひんやり冷たく、私の熱を冷ましてくれる。体温で温まってしまっても、少し身体を動かせば心地よい冷たさがここにある。
こうして私は固い床の上で朝を迎える。

 あと何年、フローリングで寝る夏を過ごすのだろう。私自身のことであるのに自分ではコントロールできない。なんという理不尽。

 こんなのが平均10年も続くなんて・・・。エアコンの設定温度は4℃も下がった。寒がりだったのに、かなりの暑がりになってしまった。

 私だって、彼の腕の中で眠りたいのに。寄り添って眠りたいのに。こんな形で物理的に彼と引き裂かれるなんて。

 更年期なんて無ければいいのに。



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