【28】恋を知らない小鳥~幼馴染の愛に包まれて~
第28話 伶弥の悪夢
伶弥の悪夢は、藍沢が赴任して二日目に始まった。
「来栖さん、小鳥さんと付き合っているんですか?」
唐突に突き付けられた疑問に、伶弥は珍しく言葉を失い、藍沢を見つめる。
「それとも、片想いですか?」
藍沢の真意を探ろうと表情の些細な変化まで留意するも、如何なる感情も思考も読み取れず、伶弥は警戒心を強める。
「藍沢には関係のない話だろう」
「内緒というわけですか」
その瞬間の、藍沢の笑みは背筋を凍らすような酷薄なものに見えた。皆に見せる笑顔は全部作り物だったのでは、とまで思わせるような恐ろしい表情。
「何が言いたい?」
伶弥の頭の中では、どうしたら詩陽を守ることができるか、その一点に集中していた。
「ちょっとしたお願いを聞いてくれたら、私も内緒にしておいてあげますよ」
藍沢は髪を人差し指でクルクルと遊ばせ、上目遣いで伶弥を見つめる。一般的には可愛い外見をしているらしいが、伶弥にとっては一番可愛いのは詩陽であるため、微塵も魅力を感じない。これっぽっちも可愛いとも思わなかった。
だから、上目遣いで見つめられたところで、嫌悪感が強まるだけだった。
「聞く義理はないが?」
「いいんですか? 内緒にしている理由があるんですよね? それに、副社長である叔父に、小鳥さんの異動を強請ってもいいですよ?」
「っ、お前……!」
伶弥は、詩陽が企画の仕事を大切にしていることも、生きがいを感じていることも、本人以上に知っている。
そもそも伶弥が二人の関係を秘密にしている理由は、ただ一つ。詩陽が秘密にしたがっている。
ただ、その願いを叶えるためだけに秘密にしているのだ。だが、伶弥にとって、詩陽の願いは大きいものだ。
例えどんな内容であっても、必ず叶えてやりたいと思って来たし、実際、一つ残らず叶えてきたつもりだ。
だから、二人の関係を公にしたいという思いが多少なりともあるが、自分の希望なんてものは優先されるものではないと思っている。
そんな伶弥にとって、詩陽の希望の中でも最重要とも言える願いを二つも人質に取られたのは、非常に痛いことだった。
「お願い、聞いてくれる気になりました?」
伶弥は上目遣いで首を傾げる藍沢を睨みつけ、舌打ちをした。伶弥の怒りが露わになっていても、藍沢の余裕は損なわれることがないようだ。
「聞いてみるだけだからな」
できれば簡単な要求であって欲しい。しかし、伶弥の願いは叶うことはなかった。
「もう一回、言ってみろ」
仕事が終わり、人気《ひとけ》のない非常階段の前で向かい合う伶弥と藍沢。笑顔の藍沢に対し、眉間に皺を寄せた険しい表情をしている伶弥は、同じ話をしているとは思えない程、雰囲気が異なる。
「ですから、私と付き合っているフリをして欲しいんです」
「そんなこと、できるわけがないだろう!」
そんなことをすれば、詩陽を酷く傷つけることになると、考えるまでもなく分かる。
「ずっと、というわけではないですよ。もっと正確に言うと、お見合いを勧めてくる父と叔父を説得して欲しいんです」
「俺が説得したところで見合い話が無くなるとは思えないし、嘘だと分かった時点で、また勧められるだけじゃないのか?」
「その時は、別れたばかりで、そんな気分にはなれないと泣き落とします。とにかく、今が凌げれば、時間が稼げるんですよ」
くだらない。伶弥は心の中で呟き、壁に背を預ける。ジャケットを通しても、すぐに背中から体温を奪われていく。いや、心の温度が下がっているせいで、より強く感じるのかもしれない。
「詩陽を傷つけたくない」
「でも、付き合っていないんですよね? 私、昔から勘がいいんです。二人の関係は恋人未満、友達以上っていうところじゃないですか? 来栖さんを見ている感じだと、小鳥さんへの想いがハッキリしているので、小鳥さんが迷っている、というところでしょうか」
伶弥は楽しそうに話す藍沢を見て、背筋が震えた。勘がいいなんてものではない。何故、たった数日でそこまで分析できてしまったのだろうか。伶弥は細心の注意を払って来たし、詩陽の態度も怪しいとは思えない。
「来栖さんの目です」
「目?」
「他の人を見る目と、小鳥さんを見る目が全然違います。大好きで仕方がない。でも、近づけない、近づかせるわけにはいかない。尊重したいけど、自分を見て欲しい。そんな雰囲気がするんです。切ないんですよ。恋人を見る目にしては」
伶弥は予期せず突き付けられた真実に、思わず閉口する。否定して、付き合っていることにすればいいのに、咄嗟に嘘をつくことができなかったことを悔やんだが、笑みを深めた藍沢を見て、既に遅いことを悟った。
「叔父と父に対してだけ、付き合っていることにしてもらえればいいので、他の方には口外しません。それは約束します。だから、来栖さんも誰にも言わないでください。もちろん小鳥さんにも」
「到底、納得し難いが、俺に拒否の余地はあるのか?」
「すみません、無いです。でも、きっと来栖さんは私に感謝することになりますよ」
伶弥はクスリと笑った藍沢を睨み、大きな溜息を吐いた。
「恨むことはあっても、感謝することはないだろうな。俺が協力すれば、詩陽のことは守ってくれるのか?」
「はい、お約束します。決して、困らせることをしないと誓います」
果たしてこれが詩陽を守ることになるのか、怪しいものだ。こんなことが詩陽に知られてしまえば、余計に傷つけることになるだろう。
だが、副社長を出されて脅されたとなると、どんな事態になるか、予測がつかない。伶弥はこの先に起こりうる様々な苦難を想像し、目頭を強く押さえた。
それからの毎日は、伶弥にとっても不安で憂鬱なものだった。
詩陽の不安そうな顔を見て、胸が潰されそうになるものの、ただ言葉で示すしかない歯痒さを感じ、隠し事をしている罪悪感から、目を真っ直ぐに見られないことも多くなった。
何故、詩陽を不安にさせてまで、藍沢の嘘に付き合わされなければならないのか。何度も自問してきたが、まるでタイミングを計ったように、藍沢に脅されるという繰り返しだった。
詩陽の心情を考えると、自分が苦しむのは筋違いだと思う。
それでも、やはり苦しさに呼吸が止まりそうになる。だから、詩陽を守る方法が他にはないのかと考えるのだが、なかなか答えが出ないのが現状である。
そんなある日の退勤時のことだった。エントランスホールを歩いていると、後ろから呼び止める声が聞こえ、足を止めた。吹き抜けになっているエントランスホールは開放感があり、磨き上げられたタイルに照明が反射して、空間を明るく見せる。会社の顔とも言えるこの場所が伶弥は気に入っているのだが、今ばかりは早く立ち去りたくなった。
だが残念なことに、しがない一社員に逃亡が許されるはずもなく、伶弥は渋々振り向いた。顔を盛大に顰めそうになって、慌てて奥歯を噛み締めて堪える。
「副社長。お疲れさまです」
軽く頭を下げてから、視線を上げる。男性にしては小柄で、恰幅のいい副社長は人当たりも良く、鷹揚としていて社員からも評判がいい。
かく言う伶弥も、こうなる前は尊敬する上司であった。今は複雑な思いが先行して、とてもじゃないが好きだとは言えない。
藍沢の頼みごとを考えると、いつか話をすることになるだろうとは思っていた。いっそ早く話をして、この妙な状況を終えたいとも考えたが、状況がどう転ぶか分からない不安が二の足を踏ませていた。
藍沢がすぐに話を進めないのは、ある程度の期間を設けないと付き合っていることに真実味がないという考えがあるようだったが、伶弥にとってはどうでもいいことだった。
「来栖くん、話は瀬里から聞いているよ」
「……そうですか」
いつもの伶弥ならば、もっと上手く返事ができただろう。だが、嘘でも藍沢と付き合っていることを認めたくないという無駄な抵抗が声に表れてしまった。無意識に目を逸らした伶弥は、その瞬間、副社長が眉をピクリと上げたことに気付かなかった。
「ああ、ちょうどいい。これから飲みに行こうか」
「……はい」
否と言えたら、どれほどよかったか。だが、逃げていても解決はしないのだから、もう腹を括るしかない。伶弥はこっそり溜息を吐き、歩き始めた広い背中を追った。
副社長が向かった先に自家用車があったのは想定内だったが、その車が副社長の自宅に向かったのは、完全に想定外だった。
どうぞと告げられて入った玄関で、おっとりした雰囲気の夫人に出迎えられた。広々とした玄関には淡いピンク色と白色のラナンキュラスが生けられており、その優しい雰囲気が夫人の雰囲気と似ているから、穏やかな副社長は似た者夫婦なのだろう。
嘘をつかなければならない状況でなければ、二人の雰囲気に癒されながら、仕事や人生について、いろいろな助言を聞けたかもしれない。
「お酒は何でも呑めるかな?」
「はい、大丈夫です」
リビングに通され、座り心地のいいソファーに座ったところで、副社長から声がかかる。伶弥の返事を聞いた夫人がキッチンの方へ向かう姿を眺めていると、向かいソファーが軋む音が聞こえた。
その瞬間、緩み気味だった緊張が高まり、背筋がピンと伸びる。だが、副社長は藍沢との話題を避けるかのように、仕事の話を始めた。
焼酎を吞みながら、夫人が用意してくれた肴を摘まむ。始終和やかに時間は過ぎていいたが、伶弥の中では嫌な緊張が続いていた。藍沢とのことを聞くために呼んだはずなのに、一向に話が始まらないことに不安を感じ始めていた時、来客を告げるチャイムが鳴った。応対に向かった夫人の声とは別の女性の声が聞こえ、伶弥は無意識に顔を顰める。
「瀬里、よく来たね」
「叔父様、こんばんは。来栖さんを独り占めするなんて、ズルいですよ!」
藍沢はぷくっと頬を膨らましたまま、伶弥の隣に座った。伶弥はそんな藍沢の仕草をあざといと感じるが、客観的に見れば、不快な程ではないのかもしれない。
実際、女性社員との関係も悪くないようだし、嫌われるタイプではないらしい。伶弥にとっては敵のような存在であるため、悪いようにしか感じられないのかもしれない。
「せっかくだから、二人とゆっくり話してみたくてね。さあ、瀬里も好きなものを吞みなさい」
伶弥は楽しそうな二人の様子をぼんやり眺め、苛立ちを押さえ込むのに必死だった。藍沢とは付き合っておらず、自分には詩陽がいるのだと告げてしまいたい。
これ以上、藍沢の都合にも、副社長の都合にも巻き込まないで欲しい。早く詩陽の元へ帰らせ欲しい。そう言えたら、どれほどすっきりするだろうか。
「それで、二人は恋人だと聞いたけど、どうなんだい?」
藍沢の前にもグラスが置かれるのを待って、副社長が遂に核心に触れた。構えていたはずが、伶弥の心臓が嫌な音を立てた。
「そうなんです。まだ出逢ったばかりですが、真剣にお付き合いしています。ね、来栖さん?」
自分では肯定したくないと思っていると、藍沢がすかさず返事をしてホッとしたと言いたいところだが、同意を求められて、奥歯を噛み締めた。
「時間は関係ないとは言うが、余程、お互い惹かれるものがあったのだろうね」
伶弥が返事を窮した間を、運よく副社長が埋めてくれた。隣からコロコロと笑う声が聞こえ、正面にいる副社長も笑みを深める。
キッチンで藍沢のお酒を準備している夫人からも明るい雰囲気を感じるため、この部屋にいる人間で笑えていないのは伶弥だけである。
「だからね、叔父様。もう私には来栖さんがいるんだから、お見合いは断ってくださいね」
「まあ、そうだね。来栖くんにも失礼になるし、想い合っているのなら、それが一番いいからね。分かったよ。先方には私から上手く言っておこう」
「ありがとう、叔父様!」
伶弥が一言も発することなく、藍沢の目的は達成できたらしい。これでお役御免だと思うと、僅かばかり肩の力が抜ける。伶弥は焼酎を一口含み、これまでのストレスを飲み込んだ。
今日はあまり遅くならないと思い込んでいたのだが、藍沢も副社長も酒豪だったと気付いた時には、伶弥の体はふわふわと揺れ始めていた。話好きの二人のせいで、暇を切り出すタイミングもなく、勧められる酒を断ることも難しかったのだ。
「……連絡を、しないと」
伶弥の呟きに、藍沢が顔を向けた。藍沢の顔色は普段と全く変わっていないが、伶弥はほんのりと赤らんでいる。思考も揺れているが、詩陽に連絡をしなければという思いはしっかり頭にあった。
「スマホ、出しましょうか?」
「いや、自分で、やるから」
藍沢の手が伶弥の手に乗せられた瞬間、無意識に払っていた。自分に触れていいのは詩陽だけだ。これは小さな頃から今に至るまで、ずっと変わらずにある伶弥の考えである。
「俺に触るな」
「叔父様がいないから大丈夫ですけど、聞かれるかもしれないので気を付けてください」
伶弥はその声から藍沢の感情が読み取れないことに気付き、顔を上げた。
どんな顔をしているかと自嘲の息を漏らし、見つめた藍沢は意外なことに無表情で伶弥のことを見つめていた。ますます藍沢の感情が読めない。
「やっぱり詩陽を裏切ることができない。これが嘘であっても。ここだけの話であったとしても」
「真面目なんですね」
「詩陽に対してだけだ」
「いえ、小鳥さんも真面目そうですけど、きっと来栖さんの方が真面目ですよ。頑固ですし、我慢強すぎます」
「そう思うのなら、今からでもいいから、副社長に本当のことを言って、謝らせてくれ」
「もう少しだけ、我慢してください」
「どうして……!」
「小鳥さんのこと、本当に好きなんですね」
「好きなんて言葉じゃ足りない。詩陽を愛しているんだ。詩陽が俺の全てなんだよ」
やはり藍沢に何と言われようと、今すぐに副社長に真実を伝え、土下座でもなんでもしよう。伶弥はそう決意し、立ち上がった。
「っ、危ない!」
足に力が入らなかった伶弥は目の前にあったローテーブルに膝をぶつけ、上に置かれたままになっていたグラスを倒してしまった。幸いにもグラスが割れることはなかったが、残っていたブランデーが流れて床を汚す。
「悪い!」
「私がやりますから、そこに座っていてください」
「いや、俺が片付けてから、副社長に話をして、帰らせてもらう」
「叔父様は書斎に行きました。きっともうウトウトしていますよ。叔父様、お酒は強いんですけど、夜更かしが苦手なんです。来栖さんにも挨拶していましたけど、覚えていませんか?」
藍沢が支えるために腕を掴んできたが、伶弥はそれを振り払った。強くしたつもりが、酔っているせいであまり上手くは払えなかったのだが。
床が揺れているから、自覚していた以上に酔っていたのだろう。確かに副社長に声を掛けられたことを覚えていないし、振り返ると、最後の方の記憶が曖昧だった。
リビングやキッチンに夫人の姿も見えないから、今は藍沢と二人きりだ。そのことに気付くと、これまで以上に罪悪感が強まり、反射的に近くにあった鞄を漁る。
「こんな時に……」
覚束ない手でなんとか取り出したスマホは電源を押しても反応がない。
「終電も終わっていますし、諦めて泊っていってください」
「バカなことを言うな! そんなことしたら、ますます詩陽を裏切ることになる!」
「ですけど、ここは私の家じゃなくて、叔父様の、来栖さんの上司の家なんですよ? 別に二人きりというわけではないんですし」
「そういう問題じゃないだろう! もういい、帰らせてもらう」
伶弥はふらつきながらも立ち上がり、前に立ち塞がる藍沢の体を押しのけた。後ろから何かを言っている声が聞こえるが、帰ることと詩陽のことしか考えられなくなった伶弥の耳には届かなかった。
副社長にどう思われようと、もうどうでもよかった。万が一、詩陽が企画部から異動させられそうになったら、伶弥が責任を取ればいい。望むのなら、異動なり、退職なり何でもしてやる。
熱く燃えそうな体がアルコールのせいなのか、怒りのせいなのか分からなかったが、一番は自分に対する苛立ちと失望が原因になっているのだろう。
家を出ると、点々と続く街灯の灯りが見えるだけで、人の気配は全くなかった。頬を刺すような風が道路を駆け抜け、たちまち体温を奪っていく。
副社長の家は閑静な住宅街の奥まったところにあり、店を探すことも駅を探すことも難しそうだ。
地図を確認しようとして、スマホの充電が切れていることを思い出し、舌打ちする。とにかくここから離れたい。その一心で、勘に身を任せて歩き始めた。
酔っているせいで、あまり速く歩けないことがもどかしい。
幸い、寒さのお蔭で頭は冷えたのだが、運の悪いことに今日は朔の日で街灯だけが頼りだ。伶弥はスラッとした体を縮めるように背を丸め、少しでも人の気配が多そうなところを探し、住宅街の中を彷徨った。
ようやく駅を見つけた時には、自宅マンションに帰る時間は無くなってしまっていた。
その日の仕事中、隙を見て詩陽に話をしようとしていたが、結局タイミングが合わず、話すことができないまま夜になった。
珍しく帰宅が遅かった詩陽の不安に揺れる瞳を見て、すぐにでもこの状況を終わらせる決意をした。
翌日にはすべてを解決し、詩陽が安心できる話として伝えたかった。だから、あと一日だけ待ってくれと、自分勝手な思いで中途半端な返答しかしなかったのは、完全に伶弥の大きなミスとなった。
連絡先を交換することを拒否してきたせいで、藍沢は職場で捕まえるしかない。伶弥は就業時間を終えるのを待って、強引に給湯室まで連れ出した。
狭い給湯室に二人で入ると、藍沢の香水に匂いが強まり、伶弥は思わず顔を顰める。伶弥は香水の匂いが苦手で、詩陽から香るシャンプーやボディーソープの優しい香りが好きだ。
いや、違う。詩陽の匂いなら、何でも好きだと感じるだろう。
「急に何ですか?」
藍沢の面倒くさそうな表情に、伶弥のこめかみがピクリと上がる。伶弥から剣呑な雰囲気を感じているはずなのに、それを気にしていないとでも言いだけな態度に、怒鳴りつけそうになった。伶弥は一度だけ大きな深呼吸をして、怒り狂いそうな感情を抑えつける。
「急にも何も、藍沢だって分かっているだろう? もう、これ以上は無理だ」
「何を言ってるんですか? まだこれからですよ」
伶弥の中ではこれからどころか、もう終わった話になっていたため、藍沢の言葉の意味が理解できなかった。
だが、藍沢が落ち着き払っているのを見ていると、戸惑い、混乱し、怒りの感情に飲み込まれそうになっている伶弥が間違っていると思わされそうになる。
「どうして、こんな」
「だって、愛しているんですよね?」
確かに、藍沢にそう話した。
しかし、そのことと藍沢の言動とが結び付かず、伶弥は奥歯を噛んで、藍沢を睨んだ。
自分の鋭い目つきが人を怖がらせることは自覚している。仕事でも活用しているが、今の伶弥の目つきは仕事中とは比べ物にならないくらい恐ろしく感じるはずだ。
そう思っていたのに、藍沢はふっと口元を緩め、悠然と腕を組んで、見つめ返してくる。ここまで来ると、感情の爆発を堪える必要があるかも怪しい。
そう思った伶弥が口を開いた瞬間、大きな音と共に、給湯室のドアが開けられた。
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