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『台湾漫遊鉄道のふたり』読書雑感

本の感想を書くことは

 物書き志望の私にとって、ちょっと勇気がいる気がします。お前の書くものはどうなんだよ、と思うから。自尊感情が低いくせに批判されるのが嫌い(怖い?)な私は、以前の仕事で指導役と同僚に対して不確定要素の多いパフォーマンスを見ていただいてご指導(という名のダメ出し)を聞く、あまり学びのなかった研修を「吊し上げの会」と呼んでおりました。「あなたのはどうなのよ」と心の中で呟きながら。しかし、吊し上げの会と違って、それぞれの本の所感・雑感を書くことは学びがあるのではないか、と思いましたので、書いてみることにしました。

今回の読書環境

 台湾の総統選挙が近い(明日?)ので、昨年読んだ本ですがタイムリーなこの本の雑感を書くことにしました。まずは、読書環境から。中学生の読書感想文なら「この本を読んだきっかけは」ってやつです。
 昨年、秋口に台湾へ行く機会がありました。観光旅行です。家族の旅行について行ったので、私が発案ではなかったのですが、一度行きたいと思っていた台湾。この台湾での旅行の思い出は、また別記事で書こうと思います。
 旅に出る時には、必ず紙の本を持っていくようにしています。帰省でもなんでも。飛行機ではネット使えないこともあるし、ホテルで意外と集中して読めることもある。まして海外だと、テレビはBGMかな、と思っていたので。今回は、台湾とタイトルがついていたこの本を、旅行が決まった時点でポチリ。しかし、飛行機では本を読む暇もない程のホスピタリティで機内食が出てきたこと、普段田舎でほとんど運動しない私が、家族に付き合って台北を歩き回った結果、ホテルでは疲れ、しかもNHKのBSが見られたので、特にスピードは上がらず、読了せずに帰ってきました。ただ、向こうで読み終わるとか、いく前に読み終わってしまうより100倍良かったと思います。もし読了してしまっていたら、台湾旅行は楽しめなかったかもしれません。

読書雑感 

 はい、相変わらず前置きが長い。すみません。そしてネタバレアラームです。この本の結末までネタバレます。もう読了された方か、最後の一ページまでネタバレOK、という方、お付き合いください。また、あくまで個人の感想です。作品の良し悪しを論ずるものではありません。
 最初、読了した途端に浮かんできた感想は「最後まで読まずに途中で辞めたら良かったかも」でした。決して日本人として気持ちのいい結末ではないのです。ちょっとイヤミスに近い読了感。
 偶然にも「千鶴」という同じ名を持った青山千鶴子さんと王千鶴さん。ほぼこの二人で展開されるお話です。舞台化できそうだけれど、日本上演時には結末を変えないといけないかもしれません。
 途中までは、翻訳の三浦さんの爽やかな文体も手伝って、とても素敵なお話でした。旅のお供にぴったり。新しく統治下に入った台湾のことを日本に広める記事を書くために台湾を訪れた青山さんは、一年にわたってこの地に住み、通訳の王さんと仲良くなって、この地の美味しいものをたくさん食べて‥。美味しそうな食べ物に、統治下とはいえ発展してく台湾の景色、二人の食べっぷり。青山さんは仕事のスケジュールに少し辟易しながらも、台湾での暮らしを、新しい食べ物との出会いを楽しんでいました。まぁ特に鉄道に注目した作品とは思えませんでしたが。あの頃長距離移動の手段として鉄道がメインだっただけだと思います。『台湾漫遊録のふたり』でも良かったのかも。
 昨年の朝ドラ「らんまん」でもちらっと出てきましたが、当時の台湾では身分差別、というか日本人とそれ以外に対しての差別があったのは事実だと思います。そんな中、青山さんは王さんを一人の友人として扱いたいと思っていたのに、なぜが時々、王さんが距離を置いてくるのも、ちょっと謎要素を持たせ「何が原因で、このわだかまりはどうやって解けるのだろう」と思わせてくれました。そう、途中まではとても良かったのです。あからさまな差別に対して「この人は私の友人ですから、同じように扱ってください」とはっきり言い切ることさえあって、気持ちの良い作品でした。民間レベルではこんな人もいたから、今のタイワニーズの親日にも繋がるんだと。
 しかし、物語の終盤で、王さんが「青山さんだって私に日本を押し付けてきたではないか」的な(これまで青山さんに時々距離を置いた)理由を述べた時、正直「おいおい」と思いました。なぜなら、王さんは清の時代に支配層として大陸から台湾にやってきた由緒ある一族のお嬢さんだったからです。自分はチャイナドレスを着て、中国語を話し、つまり昔は中華圏の人が台湾を征服して清の文化で現地の文化をかえたこともあったでしょう。最初から中華文化圏というわけではないんですよね、台湾。しかし、まぁここまではよくあるな、と思いました。そして、青山さんはこれに気づき、王さんに最後謝って仲直りしようとします。普通、これでめでたしめでたしですよね。「統治下時代にも関わらず、台湾人として誇りを持って日本人にバシッと分からせた台湾人もいたよ!」って感じの爽やかな終わり。ところが、この本そうはいかないですよね。なんと、王さんは赦さない。それも「赦したいけど赦さない」みたいな感じ。なんか、完全に「日本人」というフィルターを通してしか、青山さんを見たくないって感じで、本当は青山さんのことが好きだけど、これ以上一緒にいてもっと好きになると困るから‥みたいな、勝手にヒロイン感といいますか。この最後の「赦さない」という結末が、読了時私をモヤっとさせました。

モヤっとを追求してみたら、作家論に立ち戻った。

 読了してから少しして「台湾は来年早々、総統選挙ですね」という話題がテレビから聞こえてきました。そして「台湾独立派」と「親中派」の候補がいるということを聞き「あ、そうか。台湾はまだ独立派が選挙に出られるんだ」とふと思いました。「国(中国)への忠誠を誓わないと選挙に出られない」香港との違いを感じたのです。そしてその時、もう一つ「そうか」と思いました。この本、台湾のお若い方が書いた本で台湾で賞をもらった本なのです。
 つまり、この作家がこの小説の結末で、青山さんを「赦さない」ことにしたのには、二つの可能性があると思い当たりました。
可能性1.作者の楊さんは、どちらかというと中国の影響を強く受けて育ち「統治下の日本人は、一見優しそうに見えても、実質台湾を植民地にして、支配したんだ。民間人でも、どこかで日本人以外を見下していたんだ」と思っている。実際どうだったかは別にして、そういう教育を受けてきた。だから「統治下時代の日本人」に謝られたところで当時の台湾人からしたら赦せるものではないと思っている。
可能性2.香港の情勢を見て、ここで「謝られたから赦す。当時の日本人でも台湾を分かってくれるいい人はいた」ということを書いてしまっては、中国当局から睨まれかねないと思い、こんな結末にした。政治的忖度、というところか。
 何れにせよ、作者の楊双子さんが「台湾に生まれ育って台湾に住んでいる台湾人」であるが故の結末、ということになります。もし、可能性2だったとしたら、そして、同じようにこんな結末だったから台湾の文学賞の選考でも、中国当局に遠慮なく賞をあげられたのだとしたら‥‥。この爽やかなタッチで始まった物語も、再読する時には決して同じ気持ちでは読めないと思いました。
 どちらの可能性か、他に理由があるのか、ご本人に聞かないと分かりません。いや、聞いても本音を言ってくれないかもしれない。でも、個人的には可能性2であって欲しいと思いました。政治に文章がものを言えず、忖度しなければならないのは悲しいけれど、可能性1で、親日と言われる台湾のしかも若い方が日本人をそこまで恨めしく思ってる方がもっと悲しい。

関連本を読みたい

 この本、詳しい経緯はわかりませんが、何かと台湾のネットで騒がれたようです。最初はなんと「日本統治下時代に台湾に滞在した日本人についての新資料」が発見され、それを元に書かれた本だという話がSNSで広がったそうです。まずここでバズったのですが、実はその「新資料」ではなく、作家の林芙美子さんがモデル‥‥というか、彼女が一週間ほど台湾を旅した、という事実に着想を得て作られたのが本当のようです。SNSの話が、作者の楊さんの双子のお姉さん(元々共作でのペンネームだったようですが、この本は妹さんの作)が、統治時代の台湾について資料調査をしていたことを元にした単なる噂だったかもしれません。ですがこのバズり話がつくと、より「爽やかな軽やかなお話」感は薄れていきますね。
 ということで、本家の林芙美子さんが書かれた『愉快なる地図 台湾・樺太・パリへ』を読んでみたいと思う今日この頃です。
 長々とお付き合いいただき、ありがとうございました。

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