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母ちゃんのオコノミ焼き【掌編】(918字)

子どもの頃夢中で頬張った。

「うめぇな~母ちゃんのタコ焼き」

学校から帰ると母がおやつ代わりにタコ焼きを焼いてくれる。ケーキよりクレープより何よりもそのタコ焼きが最高のおやつだった。

母ちゃんは昔からたこ焼き作りが得意だった。70歳近い今だって帰省の度に焼いてくれる。

俺も40半ば。昔みたいに10個も20個も食うことはない。もっぱら食うのは子どもたちだ。

大学生の娘と小学生の息子。「おいしいよ! おばあちゃんのタコ焼き」

そう言って我先にと頬張っている。母のタコ焼きの美味しさは現代っ子の肥えた舌も満足させるらしい。

父が他界して10年。それ以来母は一人暮らしだ。認知症が始まっているのではないかと疑っていた。電話口での様子がおかしかったからだ。

今回の帰省で見極めるつもりでいた。もし、認知症の症状が見られたら東京に呼び寄せようと。

しかし、こうしてタコ焼きを焼いている姿は昔とそれほど変わらない。会話の受け答えもしっかりしている。俺の杞憂だったんだ。

1回目、2回目のタコ焼きは子どもたちが食べてしまったので俺用に焼いてくれている。

「タコがなくなっちゃったからオコノミ焼きね」

オコノミ焼きといっても、あのお好み焼きではない。母が適当に見繕った具材を入れて焼いたタコがない時のタコ焼きを、母はオコノミ焼きと呼んでいる。

何が入っているか食べるまで分からないワクワク感。俺はタコ焼きと同じくらいオコノミ焼きも好きだった。

「ほら、おあがり」

子どもたちの騒ぐ声を背に1つ目を頬張る。これは……ソーセージかな。ウマいウマい。母がまともだと分かり、安心したからか尚更なおさらウマく感じる。

「僕のクワガタいなくなったんだけどー」

2つ目、うっ、酸っぱい。これは梅干しだな。ビックリするが意外とイケる。いたずら好きは昔から変わっていない。

子どもたちは依然として騒がしい。「私のワイヤレスイヤホンもない!」と娘。

3つ目、ニンニクが丸々入っていた。半生だがパンチが効いていてこれはこれでなかなか。母ちゃんは全然ボケてなんかいない。

子どもたちだけではなく妻も騒いでいる。「私の指輪もなくなってて……」と妻。新しいの買ってやらんぞ。

4つ目。ガリっとした歯ごたえ。なんだなんだ。当たりかな。


***


2021年1月

爪に火を灯すような生活をしております。いよいよ毛に火を灯さなくてはいけないかもしれません。いえ、先祖代々フサの家系ではあるのですが……。え? 私めにサポートいただけるんで? 「瓜に爪あり爪に爪なし」とはこのことですね!