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ナスの棒寿司【掌編】1,168字

「大将、適当に握ってよ」

そう言いながら、私は行きつけの寿司屋の暖簾のれんをくぐった。

本格寿司とまでは言えないが、なかなかいいネタを出してくれるので気に入っている。故郷を離れてかなり遠くまで来たが、この地で悪くない寿司を食えるなんて思いもしなかった。

そうこうしてる間にも「はい、いっちょう!」と旨そうな寿司が目の前に置かれた。

寿司をつまみ、ネタの方にタレをちょんとつけて一口でパクリ。うーん、濃厚でいて歯ごたえもよく、それでいて後味さっぱりで悪くない。

「いいネタ仕入れたね」と私が言うと「おっ、わかる~?」と大将は上機嫌に解説してくれた。

「べリップで獲れたイキのいいカリウミナバだからね。ほら、シナルがミシパナでしょ。この時期のカリウミナバはどれもケナッソで悪くないんだけどべリップの物は極上でね、普通ゴレバナなんだけどミシパナなんだよ。だから――」

うん、一ミリも理解できない。

そりゃそうだ。

ここは地球から遠く離れた星。仕事の関係で日常会話程度はできるようにはなったが、こんな専門用語を早口で言われたんじゃ理解が追いつかない。

そもそもここは寿司屋じゃない。私が勝手に寿司屋と呼んでいるだけで、奇跡的に寿司に似たこの星の料理屋である。でも、寿司っぽいものが食べられるだけでも大満足だ。それが魚なのか肉なのかさえも分からないけど。

「お前さんの為に地球の食べ物を用意したよ。ナスと言うらしいんだけど好きかい?」

「ナス! いいねぇ! しばらく食べてないよ。嬉しいねぇ、大将」

大将は人がいい。こんな風にどこぞの星から来た私のために食材を調べて用意してくれる。寿司……もどきもうまいが、私が店に通いつめる一番の理由は大将の人柄に惹かれているからだ。

「はい、いっちょう!」

大将がナスだというそれはナスには見えなかった。調理法でそう見えるだけなのかもしれない。まあ、とりあえず食べてみたら分かるだろうと思い、口に入れた。

「このナスはどうだい? おいらの自慢のナスだよ。ほら、『秋ナスは嫁に食わすな』って言葉があるんだろ? 本に書いてたよ」

俺は吹き出した。

「大将! これ、もしかしてナスじゃなくて大将の嫁さんなんじゃないの? ナスと嫁を間違えたんじゃない」

「おや、ナスがこうで……嫁があーで……あっちゃー、そうみたいだな。でも、嫁は嫁でうまいだろう。さっき締めたばかりだからな」

そういえば、いつも店を手伝ってくれている女将さんの姿が見えない。

「ナスはあっちか……地球の物なのに簡単に手に入るなんて変だとは思ったんだよなぁ」と笑顔を向ける大将。

そんな風に人懐っこく笑う大将を見るともう何も言えない。私は残りのナス、否、女将さんを平らげた。

視野の狭い地球人であれば怒っているかもしれない。でも、ここは異文化なのだ。似ている部分はあっても価値観はまるで違う。郷に入っては郷に従え。


2021年6月



見出し画像にイラストをお借りしました。


トンデモ?話


爪に火を灯すような生活をしております。いよいよ毛に火を灯さなくてはいけないかもしれません。いえ、先祖代々フサの家系ではあるのですが……。え? 私めにサポートいただけるんで? 「瓜に爪あり爪に爪なし」とはこのことですね!