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きつめのやいだ【掌編】(870文字)

 かまどの炭火で焼き上げるピザが人気のレストランにランチに来ている。

 焦げ目のついたチーズが何とも美味しそうだと舌なめずりをしていると、「ちょっと焦げてるじゃない!」

 同僚の矢井田やいだが金切り声を上げる。

 よく見たら確かにちょっと焦げすぎてる、かもしれない。でも許容範囲内だと思う。ピザって焦げのライブ感を楽しむもんじゃない?

 向かいの席に目をやると鬼のような顔した矢井田と目が合う。綺麗な顔が台無しだ……別に深い意味はない。

 目が合った照れ隠しに笑顔を作る。だが矢井田はそれを嫌味ととらえたようでピザにフォークをザンッと突き刺した。無惨むざんにも僕の分のマルゲリータまで矢井田は平らげてしまった。

 その細いお腹のどこに入るのやら……また嫌味にとられそうなのでじろうじろう見るのはやめといた。

 矢井田の性格はきつめだ。

 僕らの職場はネットニュースの編集部。といっても誰でも知っているような大手ではない。弱小ではあるが記事の質は大手に負けていないと思っている。

 レストランと同じく、職場でも向かいの席に座る矢井田は他社のネットニュースを見ているようだ。同業他社の記事チェックも僕らの大事な仕事。

「ま~た釣りタイトル!」A社のサイトを見ていた矢井田が声を上げる。だが、今度の金切り声には僕も賛成する。

 アイドルのノーバウンド始球式を「ノーバン」と略して「ノーパン」に見せかけて読者を釣る……。こんなの間違っている。嘘のない記事にわかりやすいタイトルを付ける。そして読者は求めていた情報を得て、また他の記事も読みたくなる。これが自然の摂理だ。

 カーソルを勢いよくクリックする矢井田の手の甲には一円玉サイズのあざが見える。何でも小さい時に妹を助けようとして火傷を負ったんだとか。

 矢井田の耳にはスクエア型の耳飾り。ちょっと派手じゃないかと指摘したことがあるが、「記者は覚えてもらってなんぼでしょ!」ときつめに返されたっけ。

 しまった。矢井田と目が合った。じろじろ見ていたのがバレてしまう。

 僕は大きく息を吸う。そして、息を吐くと同時に眼を窓に背けた。日輪たいようのそれは矢井田の眩しさにも負けていない。


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2020年11月に書いたものです。


爪に火を灯すような生活をしております。いよいよ毛に火を灯さなくてはいけないかもしれません。いえ、先祖代々フサの家系ではあるのですが……。え? 私めにサポートいただけるんで? 「瓜に爪あり爪に爪なし」とはこのことですね!