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春桜、夏百日紅【掌編】936字

 男が一人。借金で首が回らない。道端に小銭でも落ちてないかとあっちこっちキョロキョロしていましたから、ある意味では誰よりも首を回している男ではありました。

 自販機の下なんかでたまに十円、百円を見つけて喜ぶことはありました。しかし、こんな小銭では借金は返せない。それは男も重々わかっていたのであります。

 男は五年前に田舎の家を飛び出したっきり家族とは絶縁状態にありました。工場で働いていましたが、同僚にまで借金を作り先月クビになってしまいました。それというのも男はギャンブルに目がない。家を飛び出したのもプロのギャンブラーになることを反対されたからであります。しかし、男の目論見は外れギャンブラーとして芽は出なかったのです。

 僅かばかりのお情けの退職金も月の支払いでほとんど持っていかれてしまいました。手元にあるのは舐めるほど地面に顔を近づけて街中探した自販機下の小銭、計三百五十八円。これじゃあスロも回せねぇやと男。

 もうどうにもこうにもいかなくなって、いっそ首でもくくるかという考えにいたったようです。せっかくなら、大好きな桜の木でくくろう。そう思って桜の木を探したのですが、見当たりません。それもそのはず、季節は夏。植物に詳しい人間ならいざ知らず、青々とした木々は桜かけやきくすのきか。

 すっかり気が削がれてしまった男は思いました。やっぱり、くくろう。首じゃなくて腹を。

 家族に頭を下げ、借金を肩代わりしてもらい、ギャンブラーは辞める。再就職してギャンブルは遊び程度。これが男の腹積もり。

 しかし、男の考えは甘かった。男の目論みは外れてばかりでございます。ギャンブルの才がないのもうなずけるんじゃないでしょうか。

 男の身勝手さに腹を立てた家族は、ロープの一端を男の腹に結び、もう一端を軽トラの後ろに結び付けたのでございます。軽トラは農道を行きます。男をごろごろごろと引きずりながら。

 さながら江戸時代の市中引き回しの刑。地面が顔をすり小石が当たり痛いこと痛いこと。何より腹にくくられたロープが痛いのでございます。男のイメージとは少し違いましたが、無事に腹をくくることはできたようです。

 道の脇には桜ではなく百日紅さるすべりの木。薄桃色の花が満開ですが、のちに赤く染まるでしょう。季節は夏真っ盛りでございます。


2021年8月


見出し画像に写真をお借りしました。


爪に火を灯すような生活をしております。いよいよ毛に火を灯さなくてはいけないかもしれません。いえ、先祖代々フサの家系ではあるのですが……。え? 私めにサポートいただけるんで? 「瓜に爪あり爪に爪なし」とはこのことですね!